熊木杏里「無から出た錆」

-このアルバムを聴け!Vol.17-


 彼女の声を初めて聴いたのはTVドラマ『3年B組金八先生』で挿入歌として流された『私をたどる物語』でした。
彼女の作品は基本的に彼女が作詞作曲するのですが、この『私をたどる物語』は武田鉄矢さんの詞に彼女が
曲をつけたもの。このコラボレーションがまた素晴らしい。自分が誰かもわからず揺れ動く少年の心を、彼女の
ちょっと頼りなくかすれた、でも力強さを感じる歌声が、聴く者の心にまで響き渡らせます。
 
 ジャンルを言えばフォークになるのかなあ。まあ思い切ってしまえばネオフォーク(←ネオ付けただけ(笑))。
 
 『私をたどる物語』で彼女の作風と歌声に魅了されたボクは、CDショップで彼女の作品として唯一陳列されて
いた(苦笑)この2ndフルアルバムを買い、車の中で聴いたらまたすごくいいじゃあーりませんか!(←久々(笑))
 
 まだ彼女の作品はこのアルバム以外聴いたことはありませんが、この盤に曲数の帳尻あわせの曲は皆無。
若干22歳の彼女がこれほどの作品を作るとは驚きです!まあボク個人的な思いではあるんですけどね(笑)。
 
熊木杏里『無から出た錆(さび)
2005年2月23日発売・全14曲
 
 メロディーのよさも詞の繊細さも魅力のひとつではあるけれど、やはりもっとも特徴的なのは彼女の「歌声」です。
「僕」を主体として歌われる作品では、その中性的な雰囲気がまたこちらまで響いてきてグーなのです。
もしかしたら彼女の特集ページを作るかもしれないなあ。まあもしかしたらですが(←繰り返すな(笑))。
 
(曲目に下線が引いてある曲はアポロライブラリーで紹介しています。)
 
 
 
1. 長い話
 優しいメロディーにのせて、17歳から今現在の22歳までの自分の
人生の遍歴をそのまま語るように歌った楽曲。彼女にとって「家族」
っていう存在はすごく大切なんだろうなって思う。十代の頃って自分
ひとりで悩みながら生きてると思いがちだけど、「家族」って存在が
知らず知らずのうちに支えてくれていたんだってこと、今ではわかり
ます。熊木版『路地裏の少年』って感じのする(笑)バラード曲。
 
2. 夏蝉
 昔通学路として毎日通っていた道に立つたびに、今ではもう描け
なくなってしまった「夢」って存在に思いをはせる楽曲。ボクも十代
の頃「こんな何でもかんでも制約された場所から逃れて、早く自分
の思い通りに何でもできる大人になりたい」と思っていたけれど、
今ではそんな月日が愛おしい。とめどなく過ごしていた毎日だった
けど、もうその毎日は戻りたくても戻れない手の届かないもの。
 
3. あなたに逢いたい
 たとえ季節を遅らせてでも、あの人に逢いたい・・・そんな想いを
綴った楽曲。街中にはいたるところにあの人との想い出が残ってい
るけど、あなたがいたから私が存在したわけで、あなたが目の前か
らいなくなったことで、この街に存在してはいても、私はここにはい
ない。できるならあなたのこと忘れられるように私は変わってしまい
たい・・・そう思えば思うほど、より”あなた”への想いは強く・・・。
 
4. 景色
 僕にしかできないことをしたい。けどそれをしたらいったい周りか
らどんな反応が飛んでくるのだろう・・・。たとえ周りから矢でも鉄砲
でもあらゆる業火が飛んで来ようとも、それはその人の信念しだい
なんだよな。でも「周りの人にどんな風に思われるだろう?」という
念がいつも先に立ってたことが多かったボクの十代は今ではもった
いなかった気がする。それも今だからこそわかるんだけどね(笑)。
 
5. おうちを忘れたカナリア
 できることなら「夢」を素直に見れたあの日のままでいたい。でも
時間はそんな想いなど知らず、ただ無情にも過ぎ去ってゆくもの。
「時間が解決する」ことって世の中にはたくさんあるけど、逆に「時
間が流れ続けてるから解決しない」ってことも同じくらいたくさんあ
ると思う。おっとまた脱線した(笑)。街の風景っていうのは、そんな
想いを持った人々であふれかえってるのかもしれないな・・・。
 
6. 新春白書
 「31より先へ進まないのが数字 次に一日があるのは人間」って
フレーズが印象的な、流れるような旋律に流れるように歌を添わせ
るような楽曲。僕が僕でいるためには、やはり君の存在が必要な
んだ。君が僕の前から姿を消した時から、僕は僕じゃなくなってい
たような気がする。でも実は”本当の僕”は、君にどうしても会いた
いっていう気持ちを持ち続けている時の自分なのかもしれない。
 
7. 雨
 メランコリックな曲調で展開されるバラード曲。僕の想いも、この
雨のように君に届けばいいのに・・・そんな少年の願いが静かに綴
られています。僕の声が君のふたつ目の傘になって、君の心に届
けばいいのに・・・すごくメルヘンチックな曲なんだけど、その裏側
には彼と彼女の悲しみが隠されてる気がする。もしかしたら「雨」っ
て「晴れの日」よりも、人の心を素直にさせるものかもしれない。
 
8. 説教と楓
 まあある程度人生を生きてくると、人生の後輩に説教したくなる
のはまた人間のサガかもしれませんが(笑)、結局人は別の人に
はなれない。最終的にはその先輩のアドバイスの中で自分が取
り入れられるものだけ取り入れて、残りは捨てるっていうのがいち
ばんいいような気もする。その結果、若者がどういう風になろうと
それがその人の運命だ。他人がとやかく言える問題でもない。
 
9. ムーンスター
 自分が決めたことほど、いとも簡単に決まりを破れるのかもね。
そこに他人が介在してくると、その決まりはより強固なものになる
気がする。だって、その時点でその決まりは自分個人だけのもの
じゃなく、自分が決まりを破れば、困るのは自分だけじゃなく相手
にも迷惑かけちゃうんだから。あ〜また脱線(笑)。気持ちひとつで
人は変われる。でもそう言いながらも変われないもんなんだよね。
 
10.イマジンが聞こえた
 9.11の無差別殺人テロ、そして今もなお世界のどこかで続けら
れている戦争。人がこの地球のすべてを見渡すことはある意味不
可能だ。でも”あの人”は名曲『イマジン』の中で「世界はひとつ」
だと歌った。結局はそれらのざまざまな事件を自分の事のように
は感じられない。その悲惨さは想像できる範囲でしかない。でも
そんな世の中で生きてるんだって自覚だけは持ってなくちゃね。
 
11.夢のある喫茶店
 「金のある話より 夢のある話をしよう」・・・人は昨日にも明日に
も思いをはせることはできる。でも明日には行けても昨日に戻るこ
とはできない。ならば昨日を振り返り、痛みを思い起こすばかりの
話よりも、これからの未来のことを話す方がよっぽどいい。かとい
って調子よく過去をすぐ忘れちゃうってのも違うよな。検証がある
から目標ができる。う〜む、人生これの繰り返しなのかもね〜。
 
12.祖母と二人で
 おばあちゃんと一緒に歩いた道を思い起こす回想録なのかな?
多分このおばあちゃんと主人公は血の繋がらないもの同士。「本
当の親子は幸せだといってうつむいた」・・・けどその本当の親子
の間で今凄惨な事件が次々と起きている。この国は「戦争」という
負債を背負わないかわりに、「生命の軽視」という負債を背負って
る気がする。そう考えれば事例は違えど「世界はひとつ」なのか。
 
13.風のひこうき
 教師の視点から巣立っていった生徒に贈る言葉。「明日今日に
はない悲しみがあっても 明日にはない幸せがあるかもしれない
」・・・その幸せを手にする大前提は、悲しみに負けず生き続ける
こと。自分の生命を途中で終わらせるのは、自分だけじゃなく、親
や友人に最大の迷惑をかける最低の行為だと、この曲を感じてそ
う感じました。夢の続きを追いかける限り、人には可能性がある。
 
14.私をたどる物語
 『金八先生』の挿入歌としてかけられていた楽曲をワンコーラス
だけボーナストラックとして収録。誰にも自分を見せない少年。だ
けど鉛筆をしっかりも持って白いノートに「私」という字を書きなさ
い。他の誰にも描くことなどできない、「私という名の物語を」・・・
ホントに詞もメロディーも、そして歌声もすべてが心に染み入って
くるような楽曲。生命は生きてるだけでオンリーワンなんだよね。
 
 
 世の中には聴いてるだけでスカッとする音楽、逆に暗く沈んでいっちゃうような音楽、自分にとってはどうでもいい
音楽(笑)・・・いろんな音楽があふれてる。でも、だからいいんだよね。選べるっていうのはすごく幸せなこと。
 
 このアルバムは決して明るくはないけど、暗くもない。上の文章では、ある意味楽曲とはまったく関係のない(笑)
アポロ的な人生観とかも多数書いちゃってますけど、「この曲を聴いたから、こういう想いが芽生えた」っていう感想
だって、それはじゅうぶんな感想であるし、ボクの場合はそれがすべてであったりもするわけです(笑)。そしてそれを
こうして好きなように書きなぐる(笑)ことができるという時点で、ボクは幸せなのかもしれませんね。
 
 彼女はまだデビューして2年足らずなそうなんですけど、できるだけ長く、今の感性を大切に歌い続けてほしいな。
売れなくてもいいけど、できるだけ多くの人に耳にして欲しい音楽・・・それが難しいのがこの業界なんですけどね(笑)。

(06.2.19)

 

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