長渕剛「家族」

-このアルバムを聴け!Vol.15-


 『Captain of the Ship』発表後、彼の身辺は急にあわただしくなります。13分を越えるタイトル曲「Captain of the Ship」を
ステージ上では30分かけて絶唱したり、その他過度の無理がたたって彼は病に倒れ、このアルバムのツアーは3公演のみ
行われた後、すべてキャンセルされました。その後シングル「人間」、そして彼の選曲による初の公式ベスト盤となる3枚組
アルバム『いつかの少年』を発表。しかしプライベートでは愛人問題、そして桑田佳祐との抗争(苦笑)、そして大麻不法所
持容疑での逮捕と、とてつもなく波乱な時期を過ごしました(←大麻は今もボク自身はファンとして許していませんが)。
 
 特に「大麻」問題の時、ボクの友人は「裏切られた」と叫び持っている彼のCDを全部叩き割りました。友人にかける言葉も
ないし、その気持ちも痛いほどよくわかりました。でもボクは逆に他人を引っ張りながらも弱い自分を奮い立たせていた彼だ
からこそ、逆に「人間・長渕剛」に少し近づけたような気がして、少しホッとした気もしました。でもボクがこの時一番くやしかっ
たのは、彼が大麻を持っていた事実よりも、彼をあまり好んではいない人たちに「やっぱりやっていたか」とこれみよがしに言
われたことでした。「こんな評価を覆すためにも、彼には必ず復活してほしい!」・・・当時そう思っていました。
 
長渕剛「家族」
1996年1月1日発売・全11曲
 
 1995年、彼はベストアルバム『いつかの少年』をひっさげてアコースティックでの全国ツアーを行いました。ボクが初めて
行ったライブです!ステージは円形で360℃を観客に囲まれた、あの伝説のライブ「JAPAN’92 東京ドーム」と同じかたち
でした。ほぼひとりでギター、オルガン、ハーモニカを駆使し歌い、途中からは笛吹利明氏、浜田良美氏のサポートを得て
彼の代表曲を新旧織り交ぜた比較的穏やかなライブが繰り広げられました。登場時の「心配かけてごめんね」ってはにか
んだ彼の顔は今でも覚えてます。そのラストでギター一本とハーモニカのみで歌われた題名もわからない新曲に心奪われ
たあの衝撃は、うまく言葉にできるものではありません。その曲こそこのアルバムの核となる「家族」だったのです。
 
 この『家族』というアルバムは今までよりも、さらに人の心の奥底をテーマにした、少しダークな印象のあるアルバムです。
罪を犯し、自分自身と真っ向から向き合った時間が、このアルバムを作り上げる原動力になったんじゃないかなって思いま
す。そしてその心の暗闇を自身の歌声で掘り起こしている剛さんの姿を想像するだけで目頭が熱くなる思いがするんです。
 
 音楽を聴くことで心を癒されたいならば、このアルバムは聴くべきではないかもしれない。ただ人の心を一生懸命歌おうと
している彼の姿勢というのは、この時代だからこそ必要なんじゃないかなあって思える、そんなアルバムなのです。
 
(曲目に下線が引いてある曲はアポロライブラリーで紹介しています。)
 
 
 
1. 三羽ガラス
 へイ!ホウ!ヘイ!ホウ!・・・この掛け声で始まるロックチューン。アルバム『JEEP』
には「カラス」という曲が収録されていましたが、2羽増えてます・・・ってそんなことを言い
たいんじゃないのです!(笑)。すごく個人的な、誤解を恐れず言ってしまえば今まで彼
を食いモノにしてきた人たちに向かって歌われている楽曲なんじゃないかと思います。
一般的に見れば少し敬遠される内容の歌なのかもしれませんが、彼がゼロからスタート
するにはぜひ歌っておきたかったことなんでしょうね。だから1曲目なんだと思います。
 
2. 傷まみれの青春
 このメロディーラインは聴いた瞬間に彼の曲だ!と思えるほど、彼の個性がにじみ出て
ると思います。彼の日常の生活が垣間見えたような気がして、なんだかうれしくなってし
まいますね〜。だけどあっけらかんとしたイメージとは裏腹に、若き日のどうにもならない
悔恨やくやしさを回想している歌であるようにも思えます。このアルバムの中ではもっとも
明るくポップな曲なんですけど、日常を暮らしてる裏側でいやでも思い出してしまう過去と
いう点では、「三羽ガラス」に通じている曲でもあるんです。「あんちきしょう」っていいな。
 
3. 明日
 この楽曲はすごく人間の内面に向かって歌われているような気がするメランコリックな一
編です。「他人の悲惨を笑うより 己の無様を泣けばいい」ってフレーズがすごく大切な言
葉に思えてなりません。人間ってのはどうしたって欲望を持っている。でも自分の優れて
いる点を人にふれまわるっていうのは、なんか違うと思うんです。他人のことをどうこう言
うってのは無意識のうちに他人より自分の方が上だっていうオゴりから来るものだから、
人を見て笑う前にまず自分はどうなんだ?っていうこのメッセージがすごく重く響きます。
 
4. 月が吠える
 阪神・淡路大震災にインスパイアされて描かれたと言われている一曲。アコースティック
に綴られたこの曲は、おそらくかけがえのない家族、友人、恋人や家を失った人たちの辛
さと、こうして世間に対してのやるせなさを抱いている自分の思いを交差させて、そこから
とてつもない悲しさと同じ重さの優しさが生まれるんじゃないか?と歌ってるような気がしま
す。このタイトルの「月が吠える」っていう意味は、犬が遠吠えするような激しいものではな
く、涙が流れるような、そんな静かな咆哮を表してるんじゃないかな?とにかく染みます。
 
5. 一匹の侍
 とにかくこの歌は激しい。激しいといったって見た目の派手さという意味ではなくて、心の
奥底から湧きあがってくるような、徐々にこみあげてくるような、そんな激しさを感じます。
今の世の中は昨日まで正解だった答えが今日になったら急に間違いに変わる。逆もまた
しかり。ならば何を信じればいいのかといえば・・・それは自分を信じるしかない。世の中に
流されることなく自分の背骨を作ってゆけ!と叱咤されてる気にもなってしまいます(笑)。
要は何をやるにも、何かをやった結果も、すべて自分に返ってくるということなんですよね。
 
6. 耳かきの唄
 前作まででも彼は確かに自分と面と向かって歌ってきましたがこのアルバムではさらに
突っ込んで自分をさらけ出しているような気がします。それが特に感じられるのがこの楽曲。
変わってゆくヤツが利口なのか?変わらぬ俺が間抜けなのか?そんなことを考えるより自
分の目の前にあるものを当たり前に愛そうと彼は気づきます。渋谷駅前で自分のポスター
に目をやる不良学生を見て自分の昔に思いを馳せるくだりや、「すいません!安い耳かき
を突っ込んで人間の声を聴こえるようにしてくれ!」が痛く、優しい10分に及ぶ大曲です。
 
7. 何故
 腹の底からふりしぼる歌っていうのは、こういう曲のことを言うのかもしれません。怒りや
憎しみを抱いている時っていうのは、どう転んでも負のほうへ向かってゆく。でもその怒りや
憎しみが悲しみや憂いに変わる時、人の心の中には「人を愛する」という優しい気持ちが生
まれるんだと、彼は歌っているような気がします。怒りや悲しみは明日という日をただ訪れ
るだけの時間にしてしまうけど、その絶望からはいあがった時、人は「明日」という日をただ
待つのではなく、力強く生きてゆけるんだ。聴いてるだけでうっすら涙ぐんでしまう名曲です。
 
8. 友よ
 ふと優しさで満ちあふれたこの曲のイントロを聴いた時、復帰後第1弾のシングルがこの曲
でよかったと、聴き続けていくうちに心の底からそう思いました。そこには少年の頃のピュアな
気持ち・・・いいことはいい、悪いことは悪いと今でも素直に思える自分の心を大切にしたいと
いう彼の想いがあふれていると感じました。みな昔はどろんこになって遊び、暮れゆく太陽に
向かって楽しそうに走っていた・・・でも今はみな土の匂いに鼻をつまみ、西日に背を向けて
いる。何かに道をふさがれたら、一度あの頃へ戻ってみようよっていうメッセージを感じます。
 
9. 家族
 彼自身の幼少時のつらく切ない気持ちをギターとハーモニカで綴ってゆく10分を越える大
曲。この楽曲を聴くたびセピア色の情景が目の前に広がりますが、そこには懐かしいという
印象はなく、少年のどこにも持っていきようのない悲しみが広がっているんです。どんな人も
父と母がいて生まれてくる。そして「家族」という船の一員となり、やがて「孤独」という海に
放り出される。「親父の胸の草むらであの夏の日 もう母ちゃんを殴らないでと約束をした」
の一節には今でも心がつまらされます。どんなにつらくても人には「家族」という故郷がある。
 
10.己
 どんなに取り繕おうとも、どんなに嘘をつこうとも、人には決して取り繕えない、嘘をつき通
せない存在がある。それが「自分自身」。世の中で最も大切なことは目には見えない。それ
は他人がどう思おうと、自分の心が大切だと思わない限り得られないものなんだ。人の心は
社会を生きていくうちに最初は悪いことだと思っていても、やがてそう思う心が麻痺していっ
て、やがてそれがいったい正しのか?そうではないのか?という判断力を失う。その迷いが
生じた時、周りにどんなアドバイスを受けようと、最後に頼るのは「己」という存在なんだ。
   
11.身をすててこそ
 徹底的に「己」という存在を突き詰めたアルバム『家族』のラストを飾るのはこの優しいそよ
風がそっと頬をなでてくれるようなメロディーが印象的なこの曲。ここにたどり着くまで、何で
もかんでも最終的には自分自身にすべてが跳ねかえってくると歌っていながら、最後には誰
かのために生きていきたいというこの曲が収められていることに本当に救われます。今まで
自分一人で走ってきたと思っていた彼のそばには、つらい時にささえてくれる存在がいつも
あった。ラストのハーモニカと美しいメロディーの旋律が聴く者にいつまでも余韻を残します。
 
 
 
 このアルバムが発表された当時、ボクは社会に出る一歩手前でした。もともと彼の楽曲は大好きだったのですが、このア
ルバムを聴いて以来、たとえ彼がこの先どんな風になってゆこうとも彼の根源はこのアルバムにある!と思ってます。決し
てポピュラーな題材をとりあげたアルバムではありません。でも表面的な社会の中で暮らすうちに人は何かすごく大切なも
のを失っていってる気がします(当然ボク自身も含めて)。そんな時このアルバムを聴き返せば、人間としての”正気”に戻
れるような気がします。彼が歌っていたように、大切なものは目に見えるところにはなく、いつも人の心の中にきっとある。
人は弱いものだけれども、いざとなったらこれほど強くもなれるんだ・・・・そう信じてゆきたいですね。(04.2.27)
 

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