Human Scramble

「人間交差点」

原作 矢島正雄/作画 弘兼憲史


『人間交差点』は
さまざまな人間の人生を問いただす素晴らしい短編集である。
人間の心の交流や、愛憎、葛藤がそこで展開し
マンガの域を越えているというか、どの作品を映画化しても
おそらく高い評価を受けることでしょう。



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第40話 熱い砂
 田中町の来たる町長選挙の最有力候補である大村順一はあらゆる団体の票をとりまとめ、誰が見ても当選する
のは確実だった。だが順一にはそれでは足りなかった。圧倒的で完全なる勝利が必要だった。その理由はこの町
で少年時代の彼とその両親が受けたいくつもの非道な仕打ちにあった。彼の病弱な父は過酷な仕事を辞めこの町
に越してきたが、その兄に強要され町長選挙の応援に駆り出されたことがきっかけで命を落としていたのだった。
 順一には「町長になったら」というビジョンはまるでなかった。ただ自分の家族を分解し、さらに母をこれ以上ない
つらい目にあわせた「町長選挙」に圧倒的に勝つことが彼にとっての復讐だったのだろう。父を死に追いやり母に
すべての罪をなすりつけた伯父への復讐も兼ねていた。だが彼は気づいていなかった。今していることがかつて伯
父が父親にしたことと同じだということに。彼はそこで地位とは引き換えにかけがえのないものを失う羽目になる。

第41話 あだし野(前編)
 加藤修は抗争を繰り広げるヤクザ・金子の組織の若頭であった。佐知子は組の若者・保と暮らす女だった。実は
ふたりには誰にも言えぬ過去がある。鉄砲玉としてある組員の命を奪った三人がいつまで経っても出頭しないため
金子に身代わりとして警察に自首させられた修はそこで佐知子の面会を受ける。佐知子の先の人生を考えていた
修はわざと自分から彼女を遠ざけていたが佐知子は修の近くにいたいがため、あえて保と暮らしていたのだった。
 ヤクザの抗争が主体になっているからといって、この物語は決して「任侠もの」ではない。各所に挿入される出会
った頃の修と佐知子のシーンが「あの頃に戻りたい。なのに戻れない」というふたりの悲しみを彷彿とさせているの
です。そんな想いに相反するインテリヤクザ・金子会長の「世の中の半分は生きている価値のない人間」と言い切っ
てしまえるこの憎々しいまでの人間観。想い合っているはずのふたりは、金子によってまたもや引き裂かれてゆく。

第42話 あだし野(後編)
 修は元々友禅染の真面目な絵師だった。あるきっかけで佐知子と出会い恋に落ちる。が、ある夜ふたりは暴漢に
襲われ修はそのうちのひとりを殺してしまう。その窮地を救ったのが金子だったのだ。金子は修を捨て後釜に保を
据えた。それから季節は流れ初雪の降った日、ある女が拳銃で金子の命を奪った。「佐知子だ」と直感した修は警
官に便所へ行くと見せかけ脱走。そして生まれてくるはずだったふたりの子供の墓の前に佐知子の姿を見つける。
 まるで映像でも見ているかのようなこの引き込まれ方は尋常ではありません。世の中に生きているのはこのふた
りだけで、それ以外の人間にはまるで温もりを感じられない。そんな不思議な感覚がこの物語から伝わってきます。
ずっと離れて暮らしていたはずなのにいつでもふたりの心は一緒だった。「あだし野」の「あだし」は「はかない、悲し
い」という意味。生きている人間からすれば悲しみ以外の何ものでもないラストですが、実はふたりにとっては・・・。

第43話 挽歌
 長距離トラックの運転手”黒”はとにかくお節介焼き。困っていそうな人を見つけると自分が背負い込む損も顧みず
にすぐ助けようとしてしまう。相棒の健太はそんな黒に「もっと自分のことを第一に考えろ」と助言するが彼ももその人
柄を憎み切れず今日もふたりで配達の道を急ぐ。ある公園にさしかかった時、そこにいた老夫婦が気になった黒は
ふたりに声をかける。「また始まった」健太はまた厄介を背負い込むの?と思いつつまたも厄介に巻き込まれてゆく。
 ここ数年の子供たちのアンケートで「なりたい職業第1位」になる「公務員」は立派な職業だと思います。決してヒネて
言っているんじゃないですよ?(笑)ただそのなりたい理由が「安定しているから」では、やっぱりね。誰かのためを思
い何かをする。それって素晴らしいことだ。でも一方で誰かのために何かをしたことで自分に被害が及ぶこともある。
だから他人には無関心になってゆく。今の社会のこの流れにいつか必ずしっぺ返しを食らう気がしてしまうんですが。

第44話 真昼の漂流
 サラリーマンの石原は部署の協調を保ちつつ業績をあげている敏腕課長だった。ところがある日部長に呼び出され
その部署から誰か一人をけずり子会社にまわせと告げられる。実は社内ではつい最近まで常務就任争いが加熱。争
いに負けた西田本部長は会社を追われ、西田派とされていた石原や部長に新井新常務から嫌がらせとも思える報復
としてそんな指令が下ったのだ。そしてその日から石原はサングラスをかけた不審な男に付けまわされるようになる。
 自分から仕事をとったら何が残るのか。それは家庭を顧みず仕事一筋で生きてきた男にとって、あまりにも残酷す
ぎる質問だ。かといって仕事だけが人生なのかと問われれば決してそうでもない。自分をつけまわしていた男があまり
にも意外な人物だったため、石原は今自分がしていることは何のためなのか、仕事とはあくまで自分を殺してまでも行
わなければならないのかと悩むようになる。ただ、その「悩む」ことができているうちは、まだいい方なのかもしれない。

第45話 冬の蝉
 貧乏劇団から一躍時の人となった俳優・緑川道夫は分刻みで一日を忙しく過ごしていた。多くの追っかけを振り払う
ほど人気がある彼は今天狗になっている。周囲の人々はそう危惧していたが、彼は彼でいつ終わるかもわからない人
気が続いているうちにできるだけ稼がなければという不安とあせりを抱えていたのだ。ある日臨月を迎えていた道夫の
妻・里美は赤ちゃんを出産した。が、一声泣いただけで死んでしまったその赤ん坊を想いやった道夫は考えを改める。
 十代の時は早く大人になりたいのに時間がなかなか進まずイライラしていたのに、二十歳を過ぎるとあっという間に
三十になって、さらにそこからはもっと早く四十になった。確かにそうだったな。蝉は地上に出て7日で死んでしまう。そ
の前に土の中で6年間も死んでいる。短期間しか生きられない蝉をかわいそうに思うのは愚かなことだ。なぜなら彼ら
は7日でこの世の総てを悟ってしまうのだから。でも僕らは蝉ではない。短時間でわかるほど人生は単純じゃないんだ。

第46話 聖橋
 夏木家は代々伝わる名門の家柄。当主である父親の訃報に11年ぶりに生家に戻ってきた麗子は焼香を済ませると
母親が止めるのも聞かずにそそくさと出ていった。実は麗子と母には過去に取り戻そうにも取り戻すことのできない確
執があり、気高く振る舞いながらもその溝をどうしても埋めたかった母は葬儀を頼りない長男にまかせ麗子の後を追っ
た。今まで「憎い」という感情しか抱けなかった麗子はそこで母親の身に起こった驚愕の過去を知ることになるのだが。
 「家柄」というのはいつから始まった「レッテル」なのだろうか。たとえばプロ野球で名門といえば「巨人」がすぐに浮か
ぶ。同じ罪を犯しても「巨人」所属の選手とそれ以外の球団の選手では取り扱われ方も違う。「模範にならなければなら
ない」という訓示がいつのまにか纏いつき、一般的にちょっとズレたことをすればとたんに叩かれる。麗子がもし一般的
な家庭に育ったならこんな過去をもつことはなかっただろう。でもこの家に生まれたから今の彼女がある。複雑ですね。

第47話 初雪25時
 熱血漢の弁護士・鶴橋は今日もクライアントから小言を受けた。新宿のドヤ街に住み「法律とは本来弱い者を守るた
めのもの」と信じてやまない彼は社会的にうまく立ち回れぬ不器用な性格でもあった。ある日行きつけの喫茶店のアル
バイト・みどりに「子供を取り戻したい」と相談を受ける。暴走族あがりの彼女は16歳。子の父親である彼の仕事中の事
故死により彼の両親に子供を取り上げられてしまっていた。若いながらも彼女の熱意を知った鶴橋は、行動を起こす。
 16歳で人の親になる。それを聞けばたいていの人は「育てていけるはずがない」といい印象を抱かない。それは世の
中を自分ひとりの力で渡っていくことがどれだけつらいことなのかを少なからずも認識しているからなのでしょう。でも大
富豪の家に生まれてどうしようもない育ち方をした人もいれば、貧困の中でも素晴らしい人格を持って生きている人も
いる。最終的に人間にとって大切なのは「こころ」なのでしょう。それにしてもこの「25時の幸福」って考え方、素敵です。

第48話 面影花
 女子大生・宮田みち子は初めてある男性にクギ漬けになっていた。西北大学英文学教授・鈴木章一、50歳。親子ほ
ど年の差のある彼に夢中になるのには理由があった。男関係に奔放な母親の元で育った彼女には幼いころから父親
がなく、顔すら知らぬままだったのだ。さらにみち子には大学で愛人バンクを経営するという、もうひとつの顔があった。
学費を一切出さぬ母親に、年齢をごまかしてバイト代で高校を卒業したみち子。そこが彼女が行き着いた場所だった。
 人間に決まった生き方はない。でも理想とする生き方はある。父親を知らず、自分ひとりの力で生きていかなくてはな
らなかったみち子。男女の仲を取り持つだけでお金になる。バイト時代に知ったその処世術により彼女の元には多くの
金が転がり込むようになった。そして「男」に憎しみ以外の感情をもつことはなかった。鈴木教授に出会うまでは。彼は
みち子にとってこれ以上ない理想の男性、いや父親像だったに違いない。自分が彼を不幸に陥れたことを知るまでは。

第49話 蜃気楼(前編)
 福岡生まれのゆかりは、見合いで細川という刑事と結婚し東京で暮らすことになった。しかし数年後、細川は張り込み
中に何者かの車に轢かれ、あっけない死を遂げる。一方、可奈子は幼い我が子を抱え佐渡から東京へやって来た。が
いつしか伊集院という実業家の秘書となり彼の事業のすべてを握るまでになっていた。細川を轢いたのは実は伊集院
の運転する車だったのだ。その手がかりをつかんだゆかりは細川へのせめてもの供養にと伊集院に接近するのだが。
 「ゆかり」と「可奈子」というふたりの女性を軸にこの物語は展開してゆくのですが、そこに可奈子を愛人同然の秘書に
している「伊集院」、細川の元同僚でゆかりに密かに想いを寄せる刑事「田所」が絡んできます。暮らしのすべてが伊集
院への復讐に向いてゆくゆかり。その母の犠牲にされいつもひとりぼっちのゆかりの幼い娘・三千代。その真逆にいる
可奈子。しかし可奈子にも知られざる悲しい過去がありました。女がひとりで生きてゆくにはあまりにもつらい街、東京。

第50話 蜃気楼(後編)
 三千代を保育所に預け夜の街で働き出したゆかりは伊集院に見初められる。それが狙いだったゆかりはまず可奈子
を町はずれの倉庫へ監禁。伊集院は可奈子がいなくなったのをいいことに、ゆかりを秘書兼愛人として扱うようになる。
「夫の復讐」以上に銀座という街で人生を謳歌することを夢見るようになっていたゆかりは、すべてが思い通りになった
と錯覚する。が、監禁していた可奈子が実は自分と同じような身の上であったことを知り、彼女と自分の人生に涙する。
 確かにそこにいたのに、いつしかその記憶はパッと消されてしまう。東京以外の場所からやって来た人たちにとって
「東京で暮らした」という事実はまるで蜃気楼のように跡形もなく消えてしまうものなのかもしれません。夢の中にいるよ
うな、でもそこは現実であり、夢のように過ごした分だけ後になって大きなしっぺ返しをされるような、そんな場所。そこ
に行けば今を変えられる何かがあるはず。地方から来た者にとって東京は天竺みたいなものなのかもしれませんね。


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