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演劇の代役専門俳優・七色いんこ。その演技力・変装力は東西随一を誇る名俳優。
ところが七色いんこは出演料の代わりにあるものを要求するという。それは・・・
「劇場招待客の身に着けているものの中で一番高価なものを奪うことに目をつぶれ!」ってこと。
そう、彼はその演技力・変装力を生かして金品・宝石を盗む大泥棒でもあるのです!
 
「週刊少年チャンピオン」の手塚治虫作品3大ヒーロー「ブラックジャック」「ミッドナイト」、そして「七色いんこ」。
彼の快盗に酔いしれながら、演劇の知識も身についちゃうなんて、手塚先生の作品ならではだと思います。
そんな”七色いんこ”の活躍の数々をここで僕なりに書いてみたいと思います。
 
*「これから読む」という方のために、極力ストーリーをぼかしていますが、わかってしまったらごめんなさい。*

 

第1話 ハムレット
 演出家・土方の新解釈演劇「ハムレット」の主役だった人気役者・大手上が海外で逮捕された。開演
を明日に控え、どうしようもなくなった土方は、代役専門の俳優・七色いんこに助けを求める。劇場にや
ってきた七色いんこは土方も驚くほどのホンモノの演技力を持っていた。出演料の代わりにこの会場
に何が起きても目をつぶるということを条件に、七色いんこはついに明日の舞台に立つことに。一方七
色いんこ出現の報を受けたスーパーポリスガール・千里刑事は、七色いんこの稽古する劇場へ急行!
千里刑事は鳥を見ると身体が縮むという特異体質をもっていた。そしてついにふたりはご対面と相なる
のだが・・・しかし第一話から伏線が張られまくりなのだ。ここで登場する資産家・鍬形隆介とは、最終
回でふたたびあいまみえることになる。それにしても流れるような話の進み方が秀逸すぎますねえ!
   
   
第2話 どん底
 以前、劇団東光に所属していた楠本功は、今ではあたり屋を生業とするまでに落ちぶれていた。偶然
にも楠本が当たった車に乗っていたのは七色いんこ。いんこは彼がかの名優・楠本功だということを見
破り、彼がなぜここまで落ちぶれてしまったのかが気になり、劇団を訪ねた。楠本は非常にマジメな役
者で、彼が主役を演ずることになっていた『どん底』の主人公の演技をするには、まずは自分がどん底
に落ちなければ役になりきれることはできないという持論のために、自分の身をスラム街へと落とした
のだった・・・。自分の演技のために、まずは自分自身が底まで落ちてみなきゃいけないっていう気概が
すごいな。そしてラストでちゃっかり自分の”本業”を済ませる七色いんこ(笑)。それにしても七色いんこ
をもうならせる名優・楠本功の演技とはどういうものなのか、書かれてないとこがまた上手いな!(笑)
   
   
第3話 人形の家
 舞台『人形の家』で主役を演じ一世を風靡した大女優・ノーラ・ペイトンは、自分自身に陶酔していた。
恵まれた美貌、すらっと伸びた手足、そして抜群のスタイル・・・彼女にとってそれらは「自分」という存在
を引き立てるものでしかなかった。一方、舞台で夫役を演じるジミーはプライベートでもノーラの夫であ
ったが、自分の芝居のふがいなさを、いつもノーラにたしなめられていた。ついに我慢できなくなったジ
ミーは、ホテルに滞在している七色いんこに、自分の変わりに舞台に出てぜひノーラの鼻をあかしてほ
しいと願い出るのだが・・・。ジミーがいんこのいるホテルまで鉄腕アトムさながらに飛んでいったり、か
なりコメディータッチで描かれてはいるが、最後にはサイコサスペンスのように仕立て上げているあたり
が手塚先生の真骨頂です。彼女は自分の夫の大切さに気づいたのだろうか?それとも本当に・・・?
   
   
第4話 修禅寺物語
 その作品の数々が高額なことで知られる画家・不知田次萩(ふじたつぎはぎ)は、なぜか13年前に暗
殺され亡くなった服部首相の肖像画ばかりを狂ったように描きまくっていた。不知田には二人の娘がい
た。画商の唐口と婚約している長女・かつらは、何とかこの服部首相の呪縛を解き、描けば高額商品と
なる父に新作を描かせたいと必死になっていた。一方次女・かえでは、ただ元のまともだった頃の父親
に戻って欲しいという願いを抱いていた。かえでは唐口とともに、変装の名人・七色いんこを訪ね、服部
首相に変装し、不知田の前に出て欲しいと願い出るのだが・・・。服部首相が亡くなっていることを信じ
ていない不知田はいんこの変装をすぐに見破るが、この話の結末はもっと凄惨なものになる。でもいん
このちゃっかりさのせいである人物が命を落とすことになるのに、なんかこのラストは釈然としないな。
   
   
第5話 ガラスの動物園
 七色いんこはある豪邸に住む中学生の家庭教師をしていた。まあ彼がバイトをするぐらいだから、当
然普通にバイトするわきゃあない(笑)。その中学生の息子は何でもかんでも母親の指示に従い、母親
と一緒でなければ外出することすらできないような男の子だった。七色いんこの行動を探っていた千里
刑事は、男の子の母親が銀行で大金をおろしているのを目にし「これは絶対七色いんこと関係のある
金だ!」とふんで、母親の後を尾行していくのだが・・・。親が子供のために、と思ってする行動が実は
子供にとっては有害になる場合がある。厳しく教育するっていうのは「勉強していい大学は入れ!」って
もんじゃなくて、社会の冷たい風の中で生き抜いていく力、そして人に対して優しくできる人間を育てる
ってことじゃないかとおぼろげに思います。やはり今回も二転三転するお話。奇抜なラストだよなあ。
   
   
第6話 検察官
 桜散る春風の中を颯爽と車で走ってゆく七色いんこ。ところが急に四方を黒ずくめの男たちに囲ま
れ銃を突きつけられた。実はフィリピンのマフィア・ボスコ一族の顔役であり長男のカルロが事故で全
身大火傷を負い、人前には出られない身体になってしまったのだった。近々行われる亡くなった先代
の遺産相続会議にカルロが出席しなければ、遺産は親戚に分配されてしまう。七色いんこを襲ったの
は遺産を他の親戚に渡したくないカルロの婚約者・マチルダであり、その理由はいんこをカルロに仕
立て上げ、会議に出席させようとしたからだった。しかしその遺産にはある秘密があったのだが・・・。
その遺産は、強奪・略奪を繰り返した先代が手に入れてきたものであり、先代は死ぬ間際にその残
虐さに自ら気づいた。何とも複雑な思いのするラストだが、その感慨深さも手塚作品の大きな魅力。
   
   
第7話 電話
 ある地方都市での公演を終えた七色いんこ。もうひとつの”仕事”を終え、いざ帰ろうと楽屋から出
た時、そこにひとりの女の子がいんこを待っていた。女優志望の彼女は、ぜひいんこの弟子にして欲
しいと申し出る。どこまでもしつこく追いかけて来る彼女にいんこはとうとう根負けし、彼女の家でレッ
スンすることに。病院長の娘ということを聞いて、レッスンなど片手間に金品を物色していたいんこだ
ったが、『桜の園』のセリフを練習する彼女の声を聞いて彼は驚愕した。「すげえ・・・本物だ!」と。ず
ば抜けたセンスと才能を持っていた彼女だったが、娘を医師にすることしか頭にない両親とぶつかり
ついに悲劇が起きてしまう。この娘はとにかく女優になりたかったんだなあっていう想いが作品じゅう
に散りばめられています。ハンデを背負ってしまったけれど、だからこそがんばってほしいですよね。
   
   
第8話 アルト=ハイデルベルク
 ある国際大学の留学生卒業記念祭で『学生王子』という劇が上演されようとしていた。主演を演じる
ふたりはアラブのシャリフ王国からの留学生だった。が、その日の朝シャリフ王国で別宗派どうしの内
紛が起こり、片方の宗派の人間が大量に殺されてしまった。それに怒った王子役の学生は開演3時
間前に姿をくらましてしまい、あわてふためいた主催者はやむなく七色いんこを呼び出した。実はもう
ひとりの主役を演じる女の子はシャリフ王国の王女で、国に帰れば厳しいしきたりの中で生きてゆか
ねばならない生活が待っていたのだった。青春最後の自由な思い出・・・それがこの劇で主役を演じ
ることだったのだが・・・。しかし国内の勢力図が変わったとたん平気で反対勢力に寝返ってしまうこの
お目付役が信じられん。ここが日本でよかった。会場の「我羅秋公会堂」ってネーミングが笑えるな。
   
   
第9話 誤解
 豪雨の中、阿蘇山から大分県に抜けるハイウェイを突っ走っていた七色いんこの車がガス欠になっ
た。いんこは、しばらくしてその辺りにたった一軒しかない民宿に辿り着いたが、そこには無口で不気
味な老婆と娘のふたりきり。しかも地下室からは何の音かも見当つかないような轟音が響いてくる始
末。4000万円相当のダイヤを盗んできたいんこは、本来ならこんな場所にいたくはなかったが、状況
が状況なだけに、我慢してその民宿にやっかいになることになった。ところが、ミルクを飲んだとたん
に眠気を感じてきたいんこは、ミルクに強力な睡眠薬が入ってることに気づくが、時すでに遅し。ぼや
けてゆく意識の中で、いんこが目の当たりにしたものとは・・・。このお話ではこの二人組にいんこのお
株を奪うかのように見事に彼はだまされる・・・と思いきやシリアスからギャグタッチへ。うまいなあ。

 

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