『 巨乳学園 』



 真紀先生からひさしぶりに電話がかかってきたのは、瀬田岬から戻ってきて一週間ほど

してからのことだった。豊ヵ峰の小さな別荘まで泊まり込みで遊びに行くのだという。そ

れについてこないかというものだった。律子とゆり子が帰省でいなくなってしまって少し

心細い思いをしていた夢彦は二つ返事でOKした。

 真紀先生に会うのはひさしぶりのことだった。ゆり子と付き合うようになってから、夢

彦は保健室に足を運んでいなかった。一か月以上は御無沙汰していた。

 待ち合わせの場所でボストンバッグを抱えて空を見上げながら、夢彦はきっとなにか言

われるだろうなと思った。なにをしていたの、どうせいいことしてたんでしょうとか言っ

てからかわれるかもしれない。あの耳の早い真紀先生のことだ、もう情報はつかんでいて、

ゆり子ちゃんとはどこまでいったのと意地の悪い質問を浴びせてくるかもしれない。

 うっとりとさせるような官能的な緋色の車が目の前で止まった。

 アモーレ・ルージュ――ゲンジ・スポーツが生み出した最高のスポーツ・カーだ。

 その緋色の扉が開いて、Tシャツにブラウスを重ね、身体の前で裾を結び合わせてホッ

トパンツでまとめあげた女性がひとり、路上に降り立った。

「こんにちは。おひさしぶりね、鏡君」

 真紀先生だった。

 そのすばらしいくびれと盛り上がりはまったく変わっていなかった。

 ふくよかな唇はキスを誘うように半開きに開かれ、瞳は妖しさをたたえながら官能的に

輝いていた。

「ずいぶん御無沙汰していたけど、元気そうね」

「先生もね」

 真紀先生は夢彦に助手席に乗るように促した。

 夢彦が乗り込むと、すべるように緋色のアモーレ・ルージュは走りだした。

「ずっとどうしていたの。保健室にも来なくなって」

「うん、いろいろあって」

「いろいろねえ。どんなことがあったのか、聞いてみたいものね」

 ハンドルを回しながら真紀先生はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「ゆり子ちゃんとはどこまでいったの」

 来たと夢彦は思った。まったく予想どおりだ。

「いくとこまではいきました」

「手が早いのね。あの子、あの手はかたかったはずなのに、どうしたの。強引にやっちゃ

ったの」

「彼女から誘ってきたんです」

「あら、珍しいこともあるのね。でも、案外そうかもしれない。あの子、はじめからあな

たのこと気に入ってたみたいだったものね。覚えてるでしょう、嶋田君と喧嘩して怪我し

たときに、お見舞いに来たりなんかして。あのときからぞっこんだったのね、きっと」

 真紀先生はひとりで笑い声をもらした。

「ゆり子ちゃんとはうまくいってるの」

「ええ」

「じゃあ、あの方もうまくいってるわけね。だめよ、セックスにはめたりしたら。あの子

いい子なんだから。それとも、もう忠告は遅すぎたかしら。鏡君、性欲強いものね」

「のぞみ先生ほどじゃないです」

「あら、言うじゃない。夜覚えておきなさいよ」

 夢彦は笑った。真紀先生も笑った。

 アモーレ・ルージュは十七号線に乗って海陵市を出た。

 別荘のある豊ヵ峰までは二百六十キロほどである。瀬田岬までが百四十キロほどだから、

それよりもはるかに遠い。だが、麓まで最高速度百四十キロのアウトバーンが走っていた

ので、それほどかからないはずだった。

 一度ドライブインに入って半時間ほど休憩をして、昼すぎには豊ヵ峰が近づいていた。

高速を下りてアモーレ・ルージュはすでに山間の四七二号線に入っていた。

 真紀先生は百五十年ほど前の一九六〇年代の音楽をかけながら、メロディーを口ずさん

でいた。夢彦もその音楽は知っていた。イギリスが生んだ四人組のロックグループで、ビ

ートルズといったはずだ。

「もう、そろそろね」

 真紀先生はつぶやいた。

「鏡君は人見知りするほう?」

「べつにしないほうだけど」

「そう。それならいいわ。実は向こうでわたしの後輩と待ち合わせることにしてるの。二

つ下で、中学のときからの付き合いなの。いまは豊陵女子大学に通っているんだけど」

 豊陵女子大学――。

 海陵市の隣、豊陵市にキャンパスを持つ、通称「豊女」と呼ばれる女子大学である。海

陵市付近の女の子ばかりが行くローカルな大学で、それほど偏差値レベルは高くない。む

しろ、低いほうである。しかし、バストの平均値は巨乳都市と呼ばれる海陵市の花形海陵

女子大学よりも異様に高く、豊女と言えば乳女と俗に噂されていた。

「結構お金持ちの子なの。別荘もその子のものなんだけど、結構かわいいのよ」

 アモーレ・ルージュは大きくカーブを曲がって、山道に入った。

 緑のなかをずいぶん長い間かかって抜けて、車は別荘に着いた。

 二階建ての館が、夏の高い空を背にそびえ立っていた。

 アモーレ・ルージュが緋色を輝かせながら玄関の前に横付けすると、扉が開いて女の人

が駆けだしてきた。

 ノースリーブを着ていた。

 エメラルドグリーンを薄めたような美しい色だった。

 だが、夢彦は色合いよりもその中身のほうに惹かれた。

 胸元まで深く襟が食い込んでいて、深いY字の谷間が覗いていた。

 欲情をそそるように豊かなふくらみがツンと突き出し、ふくよかに迫り出していた。

 水色のホットパンツからは、瑞々しい太腿がぴちぴちと張り出していた。

 美人だった。

 少々わがままな感じはしたが、ゾクッとするような魅力的な顔だちをしていた。

 髪を額の真ん中で分け、きれいに切りそろえて肩ほどまで垂らしていた。

 目が大きく、鼻がつんと立っていた。

 唇はこぶりだったが、厚くやわらかそうだった。

「のぞみさん、遅かったんですね」

 とノースリーブの女子大生ははずんだ声をかけた。

「少しドライブインに立ち寄ってたの。いずみちゃんのほうは、元気してた」

「ぴんぴんです」

「そう。またおっぱいおっきくなったみたいね」

「やだ、のぞみさんったら。のぞみさんのほうこそおっきくなったんじゃないんですか」

「あら、ばれちゃった?」

 二人は笑い合った。

「そちらの子は?」

「昨日話した子よ。ほら、色道の家元のお孫さんっていう」

「え、この子がそうなの? かわいい!」

 いずみと呼ばれた女は感激して声をあげた。

「わたし、あんまりかわいいからのぞみさんの弟さんかと思った」

 女子大生は夢彦に近づいてきた。

 身長はさほど夢彦と変わらない。いや、むしろ夢彦より低いかもしれない。百六十セン

チはないだろう。

「こんにちは。わたし、森川いずみっていうの。のぞみさんの後輩なの。鏡君よね」

「鏡夢彦です」

「かわいいのね。ほんと頬ずりしたくなっちゃう」

 いずみは真紀先生のほうを向いた。

「のぞみさん、この子わたしに少し預けて」

「いいわよ、でもあとで返してよ」

「返さなかったりして」

 いずみはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

(以下、つづく)


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