「鏡くうん」 雨の落ちそうな曇天を抜けて、半袖のブラウスが駆けてきた。 学生鞄といっしょに鮮やかな赤い手提げ袋を持っている。 ゆり子だった。 上気した頬に笑みを浮かべ、手を振っていた。 目がきらきらと明るく輝いていた。 「おはようっ」 いつもの待ち合わせの場所に着くなり、ゆり子は夢彦の腕をつかんだ。 やわらかい体が押しつけられ、女の子特有の甘い香が鼻をくすぐった。 「どうしたの、そんなに急いで」 「早く鏡君に会いたかったの」 「どうして。昨日会ったばかりなのに」 「だって」 とゆり子は体をこすりつけた。 恥じらいの笑みが浮かんでいた。 「昨日はよく眠れた?」 「うん」 「お母さんには気づかれなかった?」 「うん。るり子にずいぶんいじめられたけど。るり子ったらしつこいの、親もだれもいな くて二人きりでなにもしないはずがない、絶対なにかしたでしょう、白状しなさいって言 うのよ」 「それで白状しちゃったの?」 「ううん、わたしはまじめだからってうそついちゃった」 ゆり子は微笑んだ。 「水着ちゃんと持ってきた?」 「うん。一時間目から水泳なんてひどいよね」 「そうだね。どうせならもう少しあとにしてくれたらいのにね」 「水冷たくないかな」 「今日はあたたかいんじゃないかな。昨日は雨降らなかったし」 「だといいけど。鏡君と二人だけだったらいいのに」 「二人だけでなにするの」 「やだ、鏡君ったら」 「べつにおれはなにも言ってないよ」 「いじわるなんだから」 夢彦は笑った。 「ねえ、そのうち二人でどこか泳ぎに行かない」 「そうだね、夏になったら行こうか」 「うん。絶対行こうね」 ゆり子はさらにやわらかい体をこすりつけた。