『 巨乳学園 』



 世の中にだれもが求めてやまない果実があるとしたら、それは幸せという名の果実だろ

う。

 思春期の少年と少女の場合だったら、それは恋という果実にちがいない。だが、男と女

が互いに求めてやまないものとすれば、それはなんの果実だろうか。

 夢彦は生まれてはじめて幸せという言葉を知ったような気分だった。

 季節は梅雨に入っていたが、雨など夢彦には関係がなかった。

 ゆり子さえいたなら、雨さえも幸せの旋律を奏でるのだった。

 彼女といさえすれば、どこでもいつでも、耳には至福の旋律が鳴り響いていた。

 夢彦は、はじめて活き活きと、生きているという実感をつかんでいた。

 ゆり子も、ほんとうに自分の気持ちに素直になって、全身で幸せを感じていた。

 夢彦と二人いっしょにいれば、心には幸せの旋律が鳴り響き、恋のせせらぎが流れるの

だった。

 クラスメイトたちは、夢彦とゆり子の関係の変化に気づいていたが、露骨に皮肉ったり

冷やかしたりはしなかった。女の子たちはときどき男子がいないときにゆり子をからかっ

ていたが、二人に爪を立てるようなものでもなかった。

 六月も半ばを過ぎた頃だった。

 ある日曜日、ゆり子は夢彦を自分の家に招いた。

 弥生の部屋で姉のるり子と二人きりになったことはあったが、ゆり子の家に行ったこと

はなかった。

 ゆり子の家は、高級住宅街の立ち並ぶ玉門通りにあった。

 白い西欧風の二階建てで、上品な出窓がいくつも覗いていた。

 夢彦はゆり子につづいて玄関に入った。

 吹き抜けの天井が広がり、手すりのある階段が二階へと舞い上がっていた。

 十七世紀後半のオランダの風景画家ロイスダールの《滝》が大きく壁にかかって、訪れ

る人を静かに迎えていた。

 いい家だな、と夢彦は思った。

 ロイスダールを飾るなんてなかなかいい趣味してるや。

 きっと芸術に理解を示す高尚な趣味を持った父親なんだろう。仕事一点張りの父とは大

違いだ。

 ゆり子に勧められて夢彦は靴を脱いだが、やけに雰囲気が静かなことに気づいた。

 靴の数も心なしか少ない気がする。

「お姉さんとかはどうしたの」

 夢彦は尋ねてみた。

「う、うん……ちょっと、わたし飲み物持ってくる。先に二階に行ってて」

 ゆり子は逃げるように走っていった。

 どうしたのだろうと夢彦は思った。

 ゆり子の部屋はるり子の隣だった。

 ドアの前にYURIKOとローマ字で刻んだ木の表札がかかってあった。

 なかはエメラルドグリーンの絨毯が敷いてあった。

 広い机があって、大きな本棚と小さな本棚が二つ並んでいた。

 夢彦はそっと歩み寄ってみた。

 ゲーテの『若きヴェルテルの悩み』がふと目に入った。

 夢彦の好きな小説だった。

 夢彦は心の絆を見つけたみたいにうれしくなった。

 ふと目をやると、小さい棚にファンシーノートがずらりと並んでいた。

 なんなんだろう、と夢彦は思った。

 勉強のノートかな。

 少し見てやろう。

 夢彦が手を伸ばしたとき、ゆり子が入ってきた。

「これ、勉強のノート?」

 夢彦は手で指し示した。

「う、ううん、違うの。なんでもないの」

 ゆり子は慌てて首を振った。

 そして、部屋の真ん中のテーブルに紅茶とクッキーを入れた皿を乗せた盆を置いた。

「砂糖入れる?」

「うん」

「どのくらいがいい」

「二杯ぐらい入れておいて」

 夢彦はテーブルの前に腰を下ろして、ゆり子の手つきを眺めた。

 それだけでまた幸せな気持ちが広がっていくのを夢彦は感じた。

 ゆり子はティーカップを夢彦の前に置き、

「紅茶、少し薄かったらごめんね」

 と言った。

「ううん、おれそんなにこだわらないから」

 と夢彦は一口すすった。

「薄い?」

「このくらいでいいよ。それに、ゆり子ちゃんの入れてくれたお茶だもん。おいしくない

はずがないよ」

 ゆり子は頬いっぱいに笑みを浮かべた。

 それから二人はしばらく紅茶をすすりながらクッキーをつまみ、とりとめのない話をし

ていたが、やがて、ゆり子はお盆を下げに下りていった。

 夢彦は立ち上がって、ゆり子が慌てて首を振ったノートを一冊手にとってみた。



 六月一日。鏡君が悦子ちゃんと会っているのを見かけた。やっぱり付き合っているらし

い。友だちだなんて言ったからだろうか。いまさらながらどうしてあんなことを言ってし

まったのだろうと思うと、胸が苦しくなる。付き合っている人がいるんだから横恋慕はい

けないと思うけれども、だめみたい。やっぱり、わたしは鏡君のことが好き。でも、鏡君

はわたしのことをそう思っていないかもしれない。



 夢彦は思わずノートを落としかけた。

 それはゆり子の日記だったのだ。

 夢彦は夢中で頁をめくった。

 ひょっとしたら、昨日自分を家に誘ったことが書いてあるかもしれない。白紙が表れ、

夢彦は頁をめくり戻した。

 そのとき、階段を上がってくる音がした。

 夢彦は慌ててノートを棚に戻し、ベッドにすわった。

 ゆり子と目が合った。

 夢彦はぎくりとした。

 ひょっとして見られたかなと夢彦は思った。

「どうしたの、そんなところにすわって」

「いや、ちょっとベッドの固さを確かめていたんだ」

 ゆり子はくすっと笑って隣にすわった。

 ぴったりと体をくっつけた。

 二人は向き合い、自然に唇を重ねた。

 ゆり子はいつもより激しく唇を求めてきた。

 自分から積極的に唇を押しつけ、夢彦の背中に手を回した。

 ふくよかな乳房のふくらみがぎゅうっと胸に押しつけられた。

 ゆり子の心臓はドクドクと鳴っていた。

 夢彦は舌をすべりこませた。

 ゆり子は口を開いて夢彦の舌を受け入れた。

 たっぷりとゆり子の舌を吸って唇を離したときには、二人の間に糸が流れていた。

 ゆり子の頬はわずかに赤く染まっていた。

 瞳は艶やかに輝き、情熱的に夢彦を見つめていた。

「今日、家にだれもいないの。お父さんもお母さんも夜にならないと戻らないの。るり子

も友だちのところに遊びに行って……」

 つづけて言おうとするゆり子の唇を夢彦はキスで塞いだ。

 ゆり子はうっとりとして夢彦を見つめた。

「もう一度ベッドの固さを確かめていい?」

 ゆり子は半分うれしそうに、半分恥ずかしそうにうなずいた。

(以下、つづく)


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