練習が終わって新体操部の部室から女の子たちが現れてきた。 夢彦は壁にもたれて悦子が出てくるのを待っていた。 だが、いつまでたっても悦子は現れなかった。 また隠れて待っているのかと顔を出してみたが、だれもいなかった。 「なにしてるの」 振り返ると、新体操部の部長が立っていた。 「いや、悦子ちゃんいないかと思って」 「悦子? 今日は練習来なかったけど、なにか用?」 「いや、ありがとう」 夢彦は身を翻して歩きだした。 来なかったってどういうことなのだろう。 途中で早退でもしたのだろうか。 それとも、なにかの用事。 いずれにしても、悦子がなんの連絡もよこさずに消えてしまったというのは、夢彦にと っては不思議だった。 いやな予感がふとよぎったが、夢彦はまあいいやと考え直した。 こういうこともたまにはある。 夢彦は外に出た。 夕焼けが西の空に広がりはじめていた。 夢彦は、ふと悦子が夕焼けを見て自分は青空のほうが好きだと話していたことを思い出 した。 わずか一週間前なのに、ずいぶん昔のことに思われた。 「鏡君」 振り返ったそこに、口の左上にほくろをつけた女の子が立っていた。 「香川さん」 ゆり子だった。 「どうしたの。こんなに遅くに」 「いや、ちょっと。香川さんこそ」 「わたしは部のほうに行ってたの」 「占い?」 ゆり子はうなずいた。 「鏡君は」 「いや、おれは少し用事があって」 「どんな用事」 「ちょっと友達を待っていたんだ。でも、来ないみたいだから帰ろうと思っていたところ」 「じゃあ、いっしょに帰らない?」 「え?」 「だめなら、いいけど」 「そんなことないよ」 夢彦はゆり子と歩きだした。 が、いざ並んで歩きだしたものの、二人ともしゃべろうとはしなかった。 沈黙している二人の周りを、見知らぬ学生たちの声が駆け抜けていっただけだった。 やがて二人は小町通りを過ぎて、人通りの少ない小枝通りに入った。 二人きりになるのは久しぶりだな、と夢彦は思った。 そうだ、この学校に転校してきてから嶋田と喧嘩をして、保健室に行って、そのときに お見舞いに来てくれて以来だから、もう一か月ぶりだ。 夢彦はそっとゆり子の横顔を伺った。 やっぱり、いいなと夢彦は思った。 なんていうんだろう、人間同士にも不思議な磁力があるとしたら、自分も彼女の磁力に 引かれている感じだな。いっしょにいるだけで、吸い寄せられていくような感じだ。 でも、どうしてこんなにゆり子ちゃんに惹かれるんだろう。 はじめて会ったときからそうだったけど……なぜだ? 「ねえ、少し聞いてもいい?」 「え?」 「この前、お昼休みに来た女の子いたでしょう?」 「あ、うん」 「あの子、だれ?」 「あ、ああ、あれがいとこの友達だよ」 「かわいいのね」 「う、うん」 「鏡君って、ああいう子が好みなの?」 「え?」 「ごめんなさい、変なこと聞いて」 「ううん、いいんだよ。でも、どうして」 「なんでもないの。ただ少し聞いてみただけ」 ゆり子はしばらく黙った。 「ほんとは、付き合っているんでしょう?」 「え?」 「友達から聞いたの。一週間前ぐらいから付き合っているって」 夢彦はうつむいた。 「ごめん、うそついて」 「ううん、気にしていないから。だだ、鏡君の口から少し確かめたかっただけなの」 ゆり子はうつむいた。 「鏡君は、いま幸せ?」 「え?」 「悦子ちゃんとはうまくいってる?」 「え、うん」 「そうか」 とゆり子は顔をあげた。 「それなら、いいんだ」 ゆり子はふいに立ち止まり、顔をあげた。 瞳がきらめき、ゆれた。 気づいたときには一筋の雫がきらきらと輝きながら頬をつたって流れ落ちていた。 ゆり子は涙を拭った。 「ごめんなさい。なぜだか知らないけど涙出てきちゃった」 ゆり子は目元を拭った。 だが、涙は止まらなかった。 夢彦は突然、ごめんなさいと叫び残すと、駆けだした。 涙がきらりと光り、飛び散るのが見えた。 「香川さん」 ゆり子は狭い路地に駆け込んでいった。 夢彦はあとを追ったが、ゆり子の姿はなかった。