図書室から戻ってきた夢彦は、D組の入口で女の子と鉢合わせた。 髪がやわらかに肩ほどまでかかっていた。 大きな瞳だった。 愛らしい唇の左上には、ほくろがあった。 そして、ずっとその下のセーラー服は、胸のあたりだけ豊満にふくらんでいた。 香川ゆり子だった。 「鏡君」 驚いてゆり子は夢彦を見た。 「ずっとどこ行ってたの」 「うん、ちょっと」 「一旦戻ってきたけど、それから出ていってトイレかなって思ってたんだけど、全然帰っ てこないからどうしたのかなって思ってたの」 「ぶらぶら散歩してたんだ」 と夢彦は嘘をついた。 「楽しかった?」 「つまらなかった」 ゆり子はくすっと笑った。 「鏡君のいないうちにね、先生が戻ってきてテストしたのよ」 「うそ」 「二十点満点で、中間考査に入れるんだって」 「ほんとに?」 「うん」 「いつ先生戻ってきたの」 夢彦は真剣な顔で尋ねた。 そのとたん、ふいにゆり子は笑いだした。 「どうしたんだよ、いきなり」 「だって、鏡君ったら本気にするんだもの」 「えっ?」 「うそよ、全部」 「うそって」 「先生戻ってこなかったわよ。テストなんかだれもしてないわ」 ゆり子は楽しげに笑って走りだした。 かつがれたことに気づいて夢彦も走りだした。 ゆり子は夢彦を見ながら廊下を逃げていった。 教室の前を駆け抜け、中央廊下に出て特殊教室のある別館で夢彦はゆり子を捕まえた。 夢彦は壁にゆり子を押しつけた。 「本気で追っかけなくてもいいのに」 ゆり子は笑いながら夢彦を見た。 二人とも息をはずませていた。 「鏡君のいじわる」 「いじわるなのは香川さんのほうじゃない。いきなりテストだなんてさ」 「びっくりしたでしょう?」 「びっくりしたよ、おれ、どうしようかって思ったもん」 「でも、一度先生来たのよ」 「うそ」 「水原先生だったけど」 夢彦は手を振り上げた。 ゆり子は笑いながらきゃっと声をあげた。 「叩かないの?」 上目遣いに夢彦を見ながらゆり子は尋ねた。 「叩いてほしい?」 「いや」 「それじゃ、なにがいい?」 「くすぐるのとかはなしよ」 「くすぐってほしいの?」 「くすぐりたい?」 「もちろん。くすぐらせてくれる?」 「だあめ」 ゆり子はぺろりと舌を出した。 夢彦がゆり子の肩をつかえまようとしたそのとき、ゆり子はするりと体の下を抜け出し、 笑いながら妖精のように駆けていった。