「真紀先生ってきれいね」 夢彦とゆり子の二人は、人通りの少ない廊下を歩いていた。 「美人で頭もいいし。四年制の大学を出て去年入ってきたばかりなの。いろんな免許とか 持ってるのよ。ほんと才色兼備って感じで、うらやましいなあ。わたしもあんな感じにな れたらいいんだけどなあ」 「香川さんならなれるよ」 「そうかな」 「そうだよ」 「でも、わたし美人じゃないもの」 「でも、かわいいよ」 「え?」 ゆり子は一瞬驚いて夢彦を見た。 「かわいくない?」 「わからない」 「かわいいよ、絶対に。それに、グラマーだし」 「そんな……」 「絶対グラマーだよ。胸も結構おっきいし」 ゆり子は突然なにかに打たれたように立ち止まった。 低くうつむいて、しばらくの間黙っていた。 が、やがて低い小さな声でこう言った。 「鏡君も嶋田君と同じなのね」 「えっ?」 「ほんとうはわたしの胸をさわりたいんでしょう」 「そんなことないよ」 「うそ、あのときさわったじゃない」 「だって、あれはしかたなかったんだよ」 「そう言って、ほんとはうれしかったんでしょう?」 「そりゃ、うれしくないってことはなかったけど」 「やっぱりさわりたかったんじゃない」 「そんな、さわりたいって思ってさわったんじゃないよ」 「でも、さわりたかったんでしょう」 「そりゃそうかもしれないけど」 「やっぱりそうなんじゃない。嶋田君とおんなじなのよ」 「嶋田とはちがうよ」 「どこがちがうの」 「あいつみたいにわざとさわったりなんかしないよ」 「わざとか偶然か、それだけじゃない」 「でも」 「鏡君も嶋田君と同じなのよ」 「そんなことないよ」 「そうよ。わたし知ってるんだから。鏡君って、変なことしてるおじいさんのお孫さんな んでしょう」 「色道は変なことじゃないよ」 「変よ。いやらしくて、嶋田君と同じだわ」 「嶋田のやってることとは全然違うよ」 「おんなじよ。ただやらしいことしてるだけじゃない」 「色道はそんなのじゃない」 「嶋田君と同じよ、ただいやらしくて、すけべなだけよ。鏡君だって、どうせ……」 突然、平手の音が炸裂した。 ゆり子は呆然として夢彦を見た。 夢彦は怒った表情でゆり子を睨んでいた。 「おれは嶋田じゃない」 仁王立ちのまま、夢彦は言い放った。 ゆり子は、ゆっくりと頬に手を当てた。 うす赤い手あとがついていた。 ゆり子の唇がふるえた。 一瞬、きっと矢のような視線を投げつけると、涙を光らせ、ゆり子は足音を立てて駆け ていった。