嶋田は夢彦を踏みつけたまま振り向いた。 少年は頭をひねって声のほうを振り向いた。 「やっぱ夢彦じゃないか!」 男は少年に駆け寄った。 「なにしやがる、室町、おまえも殴られたいのか!」 「どけ、嶋田!」 凄まじい一喝が飛んだ。 「夢彦になにするんだ!」 「こいつがしかけてきたんだ!」 「だったら、その喧嘩、おれが買ってやる! かかってこい!」 日焼けした少年は戦闘のポーズをとった。 嶋田は突然、黙った。 少しの間睨み合っていたが、ちっと唾を吐いて教室に入った。 見物客も同じようにがやがやとひとりふたり、引き上げていった。 「俊樹?」 夢彦は顔に埃をくっつけたまま、自分を救ってくれた少年を見上げた。 俊樹と呼ばれた男は夢彦を引っ張って起こしながらうなずいた。 「ひさしぶりだな、夢彦」 室町俊樹だった。 小学生の間、夢彦と一番なかよしだった親友だ。ともに少年サッカークラブに入ってい て、俊樹がセンターフォワードで、夢彦がセンターバックだった。夢彦は守りの要で俊樹 は攻撃の要だった。中学になったら、いっしょにサッカーをしようというのが二人の夢だ ったのだが、俊樹の父が転勤になって、その夢はなくなってしまったのだった。 夢彦は、目の前の日焼けしたたくましい少年をじっと見つめた。 これが、俊樹なのか、と夢彦は思った。 あの頃の、どこかしらお坊っちゃんみたいなところはなくなって、すっかりたくましい 少年になってしまっている。 気も図太くなったようだ。 俊樹も同じようにずっと夢彦を見ていたが、やがて笑いだした。 「おまえも、まったく無茶苦茶な男だよ。どうせやるのなら相手を選べばいのに、よりに よって嶋田なんかと喧嘩しやがって」 「そんなにおかしいか」 「ああ、おかしいよ。まったくばかなんだから。なんで喧嘩したんだ」 「許せないことを言ったんだ」 「家のことか」 「ああ」 「ほっときゃいいのに。まったくおまえも昔と全然変わっちゃいねえな。変なところで頑 固なんだから」 そう言いながらも俊樹の顔は笑っていた。 「まあ、話はあとでいいや。とにかく保健室まで行こう。歩けるか?」 夢彦はうなずいた。 体の節々がズキズキと痛んだが、歩けないほどではなかった。 「よし、それじゃまあ、急ごうぜ。ホームールームも始まっちまうしな」 俊樹は足早に歩きだした。