夢彦は席を立ってドアに向かった。 「鏡君」 両手を合わせて心配そうに見ているゆり子の姿が目に入ったが、構わず夢彦は廊下に出 た。 すでに嶋田は廊下の真ん中に立って待っていた。 不敵な笑いを浮かべている。 夢彦は二メートルほど離れて嶋田と向かい合った。 それを見物客がぞろぞろと取り囲んだ。 「さきにかかってこいよ。どうせ当たりっこねえからよ。おれがさきにかかっておまえが のびちまっちゃあどうしようもねえからな」 余裕たっぷりに嶋田は笑った。 「それとも、怖じ気づいて足も動かねえか」 「おまえは口だけは動くんだな」 夢彦は冷やかに言い放った。 「そういうのは喧嘩が弱いやつがするんだ」 嶋田はぎろりと夢彦を睨んだ。 「口ばかり動かしてないでかかってこいよ」 「そんなに口も動かねえほど叩きのめされたいのか」 「できるのならやってみろよ」 「なんだと」 嶋田は一歩踏みだした。 と思った瞬間、嶋田の体がふっと動いた。 それが目に入ったとたん、夢彦は身をかがめた。 左足を軸に嶋田の体が回転し、右足が伸びた。 回し蹴りだった。だが、足が伸びたところに夢彦の頭はなかった。 見物客が一瞬、感嘆の声を上げた。 だが、それは一瞬だった。 その次には左足が夢彦の腹をめがけて宙を飛んでいた。 鈍い音がし、左足は脇腹にめりこんだ。 夢彦は前によろめいた。 それを嶋田は逃さなかった。 背中をひっつかみ、嶋田は膝を夢彦の腹に叩き込んだ。 夢彦がげほっと息を吐いた。 その背中に肘を振り下ろした。 どっと低い音を立てて夢彦は倒れた。 嶋田は頭を踏んづけ、ぎりぎりと動かした。 「望みどおり、口も利けないようにしてやらあ」 嶋田は足を振り上げた。 その足を夢彦はつかんだ。 嶋田は頭を思い切り踏んづけた。 ごつん、ごつんと鈍い音が連続した。 まるでコンクリートを打ちつけているような音だった。 「おい、やばいぜ」 だれかがひそひそとささやいた。 「嶋田のやつ本気でやる気だぜ」 「血だらけになるぞ」 「この間も、そんなことあったからな」 そのとき、明るい声が割り込んできた。 「おい、なにやってんだ」 いかにもスポーツをしているという、よく日焼けした爽やかな顔だちの男だった。 口のなかから頑丈そうな真っ白な歯を覗かせていた。 「喧嘩やってんだよ、喧嘩」 「嶋田と転校生のやつが、なんかやらかしたって感じでよ」 「一発目は回し蹴りをよけてよかったんだけどな」 「もうだめだな」 日焼けした男は踏みしだかれている少年を見た。 少年は歯を食いしばって嶋田の足をひねろうとしていた。 それを見たとたん、日焼けした男は叫んだ。 「夢彦!」