『 巨乳学園 』



 応接室を出たときには、すでにショート・ホームルームの時間は始まっていた。

「自己紹介は得意なほう?」

 並んで廊下を歩きながら水原先生は尋ねた。

「あまり経験はありませんけど」

「そこそこはできるわね。源氏の子とちがって、いろいろ突っ込んでくるから、覚悟して

おいたほうがいいわよ。特に、二人元気なのがいるから。海陵の子って攻撃的って思える

くらい積極的なところがあるの。でも、そのうち慣れるようになるわ」

 水原先生はだいじょうぶよ、とばかりに片目をつぶってみせた。

「さあ、すぐそこよ」

 水原先生は階段を上がって右に曲がった。

 三年D組の看板がドアの上にぶら下がっていた。

 がやがやと騒がしい音が鳴っている。

 担任が来ないのでしゃべりまくっているらしい。

「あの子たちったら」

 水原先生は強くドアを開けた。

 ガンと音が響いた。

 生徒はほとんど一斉にドアのほうを見やった。

「だれが騒いでるの。三年にもなってみっともない」

 生徒は一瞬にして静まり返った。

 学級委員が号令をかけた。

「いいわ、礼は。時間がないから。それより、鏡君、いらっしゃい」

 夢彦は言われるまま三年D組の教室のなかに入った。

 視線が一斉に自分に注がれるのを夢彦は感じた。

 一番後ろの席に、でかいのが二人、にやにやと意地の悪い笑いを浮かべながら見ている

のに夢彦は気づいた。横にでっぷりとしたのと、体育会系の顔だちをしたのだ。七瀬先生

の話していた元気な二人らしい。人相はよくない。少なくとも勉強をしている顔ではない。

「みんなだれだか不思議に思ってるでしょう。だいたい転校生だなって察しはついている

と思うけど、べつに先生の子供じゃないのよ」

 どっと笑いが起こった。

「まだ先生は二十四なんだからね。あなたたちからしたら二十四もおばさんなのかもしれ

ないけど、だれかみたいに年増じゃないんだから」

 笑いはいっそう広がった。

 年増にあたる先生が学校内にいるらしい。

「鏡君」

 水原先生は夢彦に顔を向けてそっとささやいた。

「みんなに挨拶して。べつにギャグなんか言う必要はないから。どうせ質問攻めに遭うか

ら」

 水原先生は軽く夢彦の肩を叩いた。

 夢彦は七瀬先生に代わって教壇に立った。

 すべての視線が夢彦を向いていた。

 人の視線が苦手だというわけではなかったが、クラスの人間から一斉に視線を食らうと

、さすがに夢彦はたじろいだ。それでも、あたりを眺めまわして−−そのとき、ふと、夢

彦は正門で見かけたボインの子の姿に気づいた。彼女のほうも夢彦に気づいたようだった。

「鏡夢彦です」

 と夢彦は言った。

「自己紹介とは全然関係ありませんが、ぼく個人では、二十四はやっぱり年増だと思いま

す」

 ふ、

 と緊張が走り、次の瞬間、それが崩れた。

 どどっと笑いが広がった。

 笑いはしばらくおさまらなかった。

 どういうこと、鏡君と水原先生も笑いながら言った。

 夢彦は首を向けて、口許にほくろのあるボインの子が笑っているのを確かめた。

「源氏市から来ました。海陵は、来るのははじめてではありませんが、住むのははじめて

です。地理にもまだ慣れていませんので、迷子になったときは見捨てないでください。よ

ろしくお願いします」

 夢彦が頭を下げると拍手が起こった。

 だが、そのすぐ次には質問の手が上がっていた。

 眼鏡をかけた女の子だった。まるで週刊写真雑誌を思わせるような目つきをしている。

夢彦が指名すると、女の子は次々に質問を開始した。付き合っている人はいましたか。ラ

ブレターをもらったことはありますか。チョコをもらったことはありますか。好きな女の

子のタイプはどんなのですか。部活はなにをしていましたか。海陵中学の第一印象を聞か

せてください……。

 夢彦は質問に答えながら、水原先生の言葉を思い返していた。

(以下、つづく)


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