2012年度の月報です。
※下線の付いたさんびかは「改訂版こどもさんびか」です。
4月
主題「使徒信条」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
1 | ルカ 22・54~65 「 イエスさまは誰のために十字架に? 」 | 6 | 38、84、16 |
8 | イースター礼拝 マタイ 28・1~10「 喜びの日、礼拝の日 」 | 8 | 39、86、16 |
15 | 申命記 8・3 「 マナを食べながら 」 | 1 | 3、124、16 |
22 | 詩編 119・25~32 「 神の御言葉はあなたを生かす 」 | 2 | 12、123、16 |
29 | Ⅰヨハネ 1・1~4 「 命の言 」 | 15 | 5、119、16 |
明解カテキズム 第14章 使徒信条
- 問43
- 「身体のよみがへり、永遠の生命を信ず」を説明してください。
- 答
- イエスさまが復活されたように、わたしたちもまた、終わりの日に、イエスさまと同じ栄光の体をもって復活させられます。その栄光の体をもって、永遠にイエスさまと結ばれ、神さまと共に生きるのです。
- わたしたちは、終わりの日に新しい体でよみがえるのですか。
イエスさまは、死よりよみがえり、ご自分の姿を人々に現されました。そして、天に昇り、父なる神の右に座って、聖霊として私たちに働き続け、わたしたちに永遠の生命をくださいます。イエスさまの復活によって、わたしたちもまた、終わりの日に、新しい体をもって復活させられるという希望が与えられています。
キリスト者は、この終わりの日の復活を信じます。それは、漠然とした期待や願望ではなくて、主イエス・キリストが死人の復活の初穂となって、本当に人間の死と罪に打ち勝って、よみがえられた事実によるのです。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より
5月
主題「礼拝」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
6 | 出エジプト記 3・1~6 「 生きている神さまと出会う 」 | 17 | 1、114、16 |
13 | エゼキエル書 11・19~20 「 石の心が肉の心に 」 | 2 | 11、120、16 |
20 | 詩編 34・9~11 「 聖礼典の恵みに与ろう 」 | 13 | 9、23、16 |
27 | ペンテコステ礼拝 使徒言行録 2・1~13「 今起こっている、不思議なこと 」 | 12 | 8、23、16 |
明解カテキズム 第9章 礼拝
- 問18
- 神さまを正しく礼拝し、あがめる仕方を教えてください。
- 答
- 神さまを心から信頼し、神さまのお言葉を聞き、信仰を告白し、讃美を歌い、祈ることです。
- 礼拝することと祈ることは同じですか。
- 神さまを信頼するとは、どのようにすればよいのでしょう。
神さまを正しく礼拝し、あがめるためには、日曜学校の礼拝に出席することが大切です。礼拝では、さんびかを歌い、祈りを合わせ、神さまのお言葉を聞き、信仰を告白します。また、神さまの恵みに応えてささげるしるしとして献金をします。わたしたちの一週間の生活は、すべてこの礼拝から始まります。
祈りは、礼拝の中でもなされますが、わたしたちの日々の生活の中でもささげることができます。神さまを信頼するとは、造り主であり救い主である神さまを心から愛することです。
神さまを信頼する生活とは、神さまを信頼する人々と共に、教会における礼拝の生活を続けることです。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より
6月
主題「信仰の表明」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
3 | ヨハネ 3・3~6 「 イエスさまとつながって生きる 」 | 7 | 5、20、16 |
10 | 使徒言行録 2・36~42 「 救いにあずかろう 」 | 3 | 14、95、16 |
17 | ヨナ書 2・1~11 「 神さまへの切符 」 | 14 | 6、115、16 |
24 | 列王記下 5・9~14 「 小さな一歩、大きな恵み 」 | 5 | 2、58、16 |
明解カテキズム 第10章 信仰の表明
- 問20
- 信仰を口に出して言い表すとき、最も大切なことは、何ですか。
- 答
- わたしたちが、ただお一人の神さまに心から信頼することです。
- 一人の神さまに信頼するとは、どういうことでしょうか。
ただ一人の神さまは、イエス・キリストの父なる神さまです。また聖霊を注いで、わたしたちの教会を建ててくださった神さまです。
わたしたちの信じる神さまは、野の花や空の鳥を養い、育て、生かしてくださる以上にわたしたち人間を愛し、育て、生かしてくださる方です。
神さまは、独り子イエスさまを地上に遣わし、アブラハムの時代からの約束を決して忘れることなく、ご自身の計画と恵みによって、わたしたちを救いの道へ導いてくださいました。
一人の神さまに信頼するとは、この約束を実現し、わたしたちを一方的に愛してくださる神さまを信頼することです。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より
7月
主題「神への信頼」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
1 | 使徒言行録 22・6~16 「 神さまのために生きる 」 | 9 | 4、62、16 |
8 | 創世記 17・1~11 「 神さまの恵みのなかで 」 | 4 | 1、44、16 |
15 | 出エジプト記 12・21~27 「 過越の食事から聖餐式へ 」 | 15 | 3、123、16 |
22 | 出エジプト記 12・43~51 「 イエスさまはあなたを呼んでおられる 」 | 1 | 7、119、16 |
29 | 出エジプト記 40・34~38 「 荒れ野を導く雲 」 | 17 | 10、98、16 |
明解カテキズム 第11章 神への信頼
- 問21
- どうしてわたしたちは神さまに心から信頼することができるのですか。
- 答
- 神さまは、すべてを知っておられる方であり、わたしたちに必要なすべてのものをあたえてくださるからです。
- 神さまを信頼したいと思いますが、そのために何か証拠がありますか。
- 神さまがすべてを知っておられるとはどういうことですか。
神さまは、わたしたちの求めているもの、今のわたしたちに何が必要かをよくご存知です。神さまは、わたしたち人間が神さまから離れ、あたかも自分の力で生きているかのように思い違いをし、さらに自分だけが幸せになりたいと願う悪い思いを初めから見抜いておられます。神さまは、わたしたち人間が救われねばならないことをご存知です。
わたしたちが真剣に神さまの名を呼び、「神さま、助けてください。神さま、罪深いわたしを救ってください」と願うとき、必ず助けと救いをお与えくださいます。神さまがわたしたちを必ず助けてくださる方であることは、神さまがまずわたしたちを愛して、独り子イエスさまをこの世界にお送りくださり、イエスさまの十字架の死と復活の出来事によって救いが実現したことに示されています。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より
8月
主題「神への信頼」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
5 | 創世記 1・26~31 「 わたしたちを造り、救われる神さま 」 | 14 | 11、112、16 |
12 | 創世記 3・1~13 「 蛇の誘惑 」 | 2 | 8、120、16 |
19 | イザヤ書 43・1~7 「 いつも名前を呼んでくださるお方 」 | 13 | 9、114、16 |
26 | Ⅰコリント 10・13 「 神さまは真実なお方 」 | 10 | 4、122、16 |
明解カテキズム 第11章 神への信頼
- 問22
- わたしたちはそのような神さまを信頼し続けることができるでしょうか。
- 答
- いいえ、わたしたちは、神さまがすべてを知っておられ、善い方であるにもかかわらず、そのような神さまをなかなか信頼し続けることができません。それがわたしたち人間の惨めさなのです。
- どうして、わたしたちは、神さまを信頼できないのでしょうか。
わたしたちは、いろいろと都合をつけて、神さまを讃美、礼拝することを怠ります。感謝をささげることも忘れてしまいます。どうしてわたしたちは、素直に神さまを信頼し続けることができないのでしょうか。それは、わたしたちが、神さまに信頼することも神さまから離れていくことも自分の意志でできるように創造されているからです。
神さまは、わたしたちが自分の意志で悔い改め、再び神さまのもとに帰ることを、忍耐強く見守ってくださいます。罪を犯して、神さまの顔を避けていた人間は、再び神さまの愛を知ることもできるのです。神さまは、独り子イエスさまの誕生とご生涯、十字架の死と復活によって、そのための準備をすべて整えてくださいました。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より
9月
主題「人間の惨めさと罪」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
2 | 申命記 7・6~11 「 神さまの宝もの 」 | 16 | 12、115、16 |
9 | ルカ 10・25~37 「 イエス様に愛されて隣人を愛する 」 | 4 | 5、105、16 |
16 | 申命記 4・32~35 「 主こそ神 」 | 3 | 2、123、16 |
23 | イザヤ書 44・15~17 「 神さまと喜び合おう 」 | 12 | 11、118、16 |
30 | マタイ 7・21~23 「 心からイエスさまの御名を呼ぼう 」 | 9 | 6、130、16 |
明解カテキズム 第12章 人間の惨めさと罪
- 問23
- そのような人間の惨めさは、何によってわかりますか。
- 答
- それは神さまがくださった律法によってわかります。
- 律法とは何ですか。
- 律法は、わたしたち人間に何を求めるのでしょうか。
わたしたちが神さまとしっかりと結びつくことができず、罪にとらわれた惨めな状態にあることは、まことの神さまにつながっていなさいという命令を聴いたときに初めてわかります。この神さまのご命令は、わたしたちを愛し、救ってくださる神さまご自身から発せられた律法(とりわけ十戒)の言葉に最もよく示されています。
神さまのご命令に背いて、神さまから手を離してしまったときには、わたしたちは自分の力で生きているのだという思い上がりに陥って、罪によって支配されてしまいます。わたしたちは、神さまのご命令に十分従うことができませんから、律法を聴くときに、自分自身の罪が明らかにされます。
しかし、同時にイエスさまの到来によって、その罪が赦され、わたしたちはもはや律法の下ではなく、福音の恵みの下に生きることが許されていることを知ります。そのとき、律法は、わたしたちの罪を明らかにするだけではなくて、わたしたちの感謝の生活を導くものであることがわかります。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より
10月
主題「神の愛」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
7 | 出エジプト記 20・8~11 「 日曜日を大切にすること 」 | 5 | 3、5、16 |
14 | 出エジプト記 20・12 「 父と母を敬いなさい 」 | 10 | 1、115、16 |
21 | 出エジプト記 20・13 「 人を殺さないために 」 | 16 | 7、49、16 |
28 | サムエル記下 12・1~14 「 結婚の清さを守るために 」 | 2 | 10、130、16 |
明解カテキズム 第4章 神の愛
- 問8
- わたしたちが神さまに背いたにもかかわらず、神さまはなお、わたしたちを愛していてくださるのですか?
- 答
- はい、その通りです。
- 神さまの愛とわたしたちの愛に違いがありますか。
- なぜ、神さまは、わたしたちが背き続けるのに愛し続けられるのですか。
わたしたちは神さまに背き続け、神さまから離れていきました。本当の神さまでないものを拝み、自分を神さまと等しいと考え、いつも傲慢な心のままです。しかし、神さまは、このようなわたしたちを赦してくださり、なお愛し続けてくださいました。
神さまの愛は、相手にたとえ価値がなくとも、注がれます。このことは、神さまの独り子イエス・キリストが、わたしたちの世界に遣わされた出来事に最もよく表れています。
人間と世界を愛するという神さまの決意は、永遠に変わることがありません。キリストによって示された愛からわたしたちを引き離すものは、何もないのです。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より
11月
主題「イエスキリストとその生涯」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
4 | マタイ 19・16~22 「 イエスさまが全部 」 | 4 | 9、60、16 |
11 | 子どもと大人の合同礼拝 コロサイ 3・16~17「 讃美の歌を歌おう 」 | 詩編 105・1-11 | 讃美歌21 29、351、 493、544 |
18 | 詩編 37・1~6 「 イエスさまが重んじられたこと 」 | 14 | 11、102、16 |
25 | マタイ 5・17~20 「 安心して感謝に生きる 」 | 1 | 8、137、16 |
※11日 子どもと大人の合同礼拝 分級 9:00~、礼拝 10:30~
明解カテキズム 第5章 イエスキリストとその生涯
- 問9
- 神さまの愛は、どのようにして明らかになったのですか?
- 答
- それは、主イエス・キリストのご生涯を通してです。つまり、イエスさまは、わたしたちの背きと罪の赦しのためにこの世に来られ、十字架にかかって死なれ、わたしたちに新しい生命を与えるために復活されたことです。
- 主イエス・キリストのご生涯の始まりを説明してください。
主イエス・キリストは、インマヌエル(「神はわたしたちと共におられる」)という名をもって、神さまのみもとからこの世界に遣わされた神さまの独り子です。イエスさまのお誕生をお祝いする喜ばしい日がクリスマスです。
主イエス・キリストのご生涯は、新約聖書の福音書に書き記されています。イエスさまは、ガリラヤのナザレという町で育ち、大人になって、病人を癒し、悪霊を追い出し、たくさんのたとえ話で神の国の到来を宣べ伝えました。
イエスさまは進んで人間の救いのために試練を受けてくださいました。主イエス・キリストの十字架の死と復活の出来事は、父なる神さまの裁きと怒りが、わたしたち人間に及ばないようにしてくださった深い愛の出来事です。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より
12月
主題「イエスの奇跡と権威」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
2 | イザヤ書 9・1~5 「 闇を光に変えてくださったイエスさま 」 | 18 | 18、65、16 |
9 | ルカ 1・5~24 「 神さまの約束 」 | 10 | 22、72、16 |
16 | ルカ 1・39~56 「 神はあなたに目を留めておられる 」 | 3 | 26、74、16 |
23 | クリスマス礼拝 ルカ 2・1~7「 御子が生まれた日 」 | 9 | 23、76、16 |
30 | Ⅰテサロニケ 5・16~18 「 祈りを求めてくださる神さま 」 | 17 | 1、99、16 |
23日 クリスマス礼拝 9:00~、クリスマス祝会 15:30~
明解カテキズム 第6章 イエスの奇跡と権威
- 問10
- 地上に生きたイエスさまはただの人間だったのでしょうか。
- 答
- いいえ、違います。イエスさまは、まことの人であると同時に、まことの神である方です。
- イエスさまは、半分人で、半分神だったのですか。
- イエスさまは神なのにどうして死んでしまわれたのですか。
「言は肉となった」(ヨハネによる福音書1章14節)とは、まことの言であるイエスさまが、わたしたちとまったく同じ肉体をとって人となられたことを意味しています。聖書は、十字架上で苦しみ死なれたイエスさまが、三日目に復活し、よみがえられたことを証言しています。イエスさまは、神さまのご計画により、ご自分のすべての生涯と生命を献げることによって、わたしたち人間を救われました。
わたしたちが、信仰によって、このイエスさまの姿を受け入れるとき、わたしたちは天の神さまに近づくことができます。そして、イエスさまをくださった神さまの深い愛の出来事に、わたしたちは皆で感謝と讃美をささげます。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より
1月
主題「イエスの教え」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
6 | ルカ 2・22~35 「 赤ちゃんのイエスさまを信じたシメオン 」 | 9 | 5、79、16 |
13 | サムエル記上 1・10~28 「 主の祈りを祈ろう 」 | 2 | 4、105、16 |
20 | ローマ 8・14~17 「 天にましますわれらの父よ 」 | 16 | 2、123、16 |
27 | ヨハネ 12・27~33 「 神さまの名を呼ぼう 」 | 13 | 10、121、16 |
明解カテキズム 第7章 イエスの教え
- 問13
- イエスさまはどのようなことを教えられましたか?
- 答
- 神さまを信じることの幸いと、神と人を愛して生きる道を教えてくださいました。
- 主の祈りを祈ってみましょう。
- イエスさまの教えの言葉は、聖書のどこに書かれていますか。
イエスさまは、神さまを信じることの幸いをまず教えてくださいました。最も大切な戒めは、「心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」という申命記6章5節の言葉であると、イエスさま自身が人々に教えられました。神さまと共に生きる幸いは、心の貧しい人にも、悲しんでいる人にも等しく与えられます。信じる人すべてに約束された幸いなのです。
イエスさまの教えは、新約聖書の福音書に記されています。聖書によって、わたしたちはイエスさまがどのような方であり、どのような教えを人々に伝えられたかを知るのです。
そして、イエスさまは、祈ること、祈りの言葉をわたしたちに教えてくださいました。どのように祈ったらよいかわからないとき、イエスさまが教えてくださった「主の祈り」を皆で祈りましょう。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より
2月
主題「礼拝」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
3 | 詩編 67・2~8 「 すばらしい神さまの国 」 | 5 | 8、118、16 |
10 | マタイ 18・10~14 「 神さまの思いを自分の思いにしよう 」 | 1 | 6、55、16 |
17 | マタイ 6・25~34 「 思い悩まず『与えてください』と祈ろう 」 | 12 | 11、58、16 |
24 | Ⅰヨハネ 2・1~2 「 光の中を歩もう 」 | 7 | 3、83、16 |
明解カテキズム 第9章 礼拝
- 問17
- どこで神さまを正しく知ることができますか?
- 答
- 父なる神さまを礼拝し、キリストをあがめるところで、わたしたちは神さまを知ることができます。
- 神さまを知ることと、友達や世界の事柄について知ることとの間には違いがありますか。
- 神さまを礼拝し、あがめるとは具体的にはどういうことですか。
神さまを知るためには、わたしたちが神さまを信じ、あがめることが必要です。友達について知るには、友達と出会って、遊んだり話したりすることが必要でしょう。神さまを知るためにも、祈ることで、神さまとお話しすることが必要です。
神さまの言葉に耳を傾けて聴き、神さまの呼びかけに対して「はい、神さま」と答えることで、神さまがどのような方であるかを知ることができるのです。神さまは、わたしたちが神さまを知ろうとするときに、神さまの方から、わたしたちに姿を示してくださいます。
神さまを礼拝し、あがめるとは、神さまがご自分の独り子イエス・キリストをこの世界に遣わし、十字架と復活の出来事によってわたしたちの罪を赦してくださった恵みに感謝することです。
神さまは、説教の御言葉を通して、すべての人に語りかけ、神さまがどれほどわたしたちを愛しておられるかを教えてくださいます。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より
3月
主題「信仰の表明」
日 | 聖書と説教 | 交読文 | さんびか |
---|---|---|---|
3 | Ⅰコリント 10・12~13 「 神は真実な方です 」 | 18 | 9、80、16 |
10 | ローマ 11・33~36 「 神さまってすごい 」 | 14 | 7、110、16 |
17 | Ⅱコリント 1・18~20 「 イエスさまに支えられて、アーメン 」 | 3 | 1、120、16 |
24 | ヨハネ 19・28~37 「 成し遂げられた 」 | 6 | 5、124、16 |
31 | イースター礼拝 Ⅰコリント 15・12~22「 あなたのためのイースター 」 | 8 | 14、39、16 |
明解カテキズム 第10章 信仰の表明
- 問19
- 神さまを礼拝するとき、わたしたちは心の中で祈り信頼していればよいのでしょうか。
- 答
- いいえ、違います。神さまを正しく礼拝し、祈るとは、心の中だけではなくて、口に出して、救いと幸いは神さまからだけ来ることを言い表すことです。
- 口に出して、言い表す言葉をどうやって見つけるのですか。
わたしたちが神さまを信頼するとき、心の中でだけそう思っているというのではなく、口に出して、「神さま、わたしはあたなを信じます」と言う事が大切です。
神さまを信じていることを言い表す言葉は、わたしたちが見つけ出すのではなくて、聖書と教会がわたしたちに伝えてくれます。神さまを信じる言葉は、聖書と教会から与えられますが、決して何か押し付けられた言葉ではなく、わたしたちが心から自発的に「神さまありがとう、そのとおりです、アーメン」と皆で声を合わせることができる言葉です。
十字架におかかりになったイエスさまが、わたしたちのために苦しみを最後まで負ってくださった姿を見て、ローマの兵士の隊長は、「本当に、この人は神の子だった」と告白しています。
「子どもと共に学ぶ明解カテキズム」より