喫茶店

【読み】 きっさてん



 喫茶店というと、パリ。

 生まれも育ちもヨーロッパって感じがするが、実は西アジア起源


 マクハーmaqh´

 アラビア語で、コーヒー店のことです。語源はカフワqahwa。これももコーヒー店の意味で使われます。

 マクハーは一般に通りに面してるんですよ。庶民の生活にすっかり溶け込んでます。ラジオなんてなかった頃は、情報源といえば、マクハーだったんですね。職業安定所でもあった。


 夕方になるとマクハーに出かけて、タバコを吹かし、茶やコーヒーを啜りながら、夜明けまで、シャーイルという講談語りがラバーブ(胡弓)を手にして英雄譚を語るのを聞いてたんですね。ああ、悠久の時。沢木耕太郎が『深夜特急』で語りそうな世界だ。

 今でも、年金生活者がトウラー(西洋すごろく)やトランプ、ドミノ、チェスなんかをやっているそうです。


 歴史的に見ると、マクハーは、近代イスラムの改革思想家たちの舞台でもありました。今でも、エジプト文壇の第一人者、ナギーブ・マフフーズは金曜日の夜、カイロのリーシェというマクハーに必ず現れるそうです。


 さあ、カフェのヨーロッパ事情だ。


 フランスのカフェはトルコからの輸入物

 1654年、マルセイユを経て普及したものです。パリ最初のはカフェは、1672年、アルメニア人パスカルが始めたと言われてます。哲学者のパスカルではないぞ。
 

 一方イギリスのカフェ(コーヒーハウス)は、1650年ユダヤ人ジェーコブズがオックスフォードに開いたのが最初らしい。早くもローヤル・ソサエティ設立の場のひとつとなった、というから結構モダンな、おしゃれな高級なところだったんでしょう。

 イギリスのコーヒー・ハウスは18世紀初頭に中畑清絶好調! を迎える。ロンドンだけで2000〜3000軒あったというから驚き。当時の人口を考えると半端な数じゃない。同時代のパリでも、300軒前後、18世紀末のフランス革命の頃合いでも700軒程度だったらしいから、今のコンビニ状態。


 イギリスの場合、コーヒーハウスは、暇つぶしの場所ではなかった。

 文化・政治・経済にわたって情報を交換し、世論を形成する場所だったのだ。新聞はもちろん、ジャーナリズム、文芸批評、証券・商品取引なんかはコーヒーハウスでやったのよね。優雅というか、呑気というか。パリでもロンドンでも、初期の新聞って、人が喫茶店で読み上げるのを、みんなで聞くものだったのよ。

 こりゃ、びっくり。

 新聞は初め聞くものだった。それで、「新」ではなくて「新」だったわけだ。


 でも、喫茶店っていやなところもあって。

 いやって、政府からするとなんだけどね。反体制派のたまり場になったのよ。それで1675年には、営業時間や内部での談論内容を規制した〈コーヒー・ハウス禁止令〉なんかが出されたんだけど、わずか11日で撤回。すげえ。


 でも、隆盛を極めたイギリスのコーヒー・ハウスも、18世紀中ごろから衰退してしまいます。上流階級のクラブと都市下層民のパブにとって代わられ萎むばかり。

 飽きたから?

 いえ、違います。コーヒーに代わって紅茶が国民的飲料となったからです。おまけに、紅茶が家庭内で飲まれるようになっちゃったのよ。それまでは紅茶って、喫茶店で飲んでたんだけどね。

 大地主による支配体制が確立して社会の階層秩序が固定化しちゃったことも関係しているらしい。

 つまり、階層別に、飲みに行く場所が分かれちゃったのよ。上流階級はクラブ。下層階級はパブってふうにね。おかげで19世紀になると、コーヒーハウスはロンドンからほとんど姿を消してしまいます。


 長い紆余曲折を経て、エキゾチック・ジャパン! の事情です。

 日本の喫茶店は、やはりまねしからです。モデルは、清涼飲料を飲ませるヨーロッパの店「ソーダファウンテン」、コーヒーを飲ませるパリの店「カフェ」。

 1888年(明治21)、東京下谷黒門町に〈可否茶館〉が誕生。

 おお! 文明開化! と思ってはいけない。時期尚早ですぐ閉店しちゃうのよ。グスン。

 広まりだすのは明治の末、20世紀に入ってからです。1911年東京銀座南鍋町に開店したカフェ・パウリスタ、とかね。モダンな場所だったんですよ。
 

 ここから発展篇です。

 まず《カフェー》

 パリのカフェレストランのまねです。ウェイトレス登場、メニューに酒や西洋料理が並ぶようになっちゃった。今の喫茶店と同じですね。

 次、《名曲喫茶》

 昭和初期に電気録音のレコードと電気蓄音器が出来たんですよ。早速導入してクラシック音楽を聞かせる喫茶店が登場。知的な若者にうけました。

 《社交喫茶》

 軽音楽を聞かせてくれる喫茶店が出てきて、カフェーの客が奪われちゃったので、その対抗策。歌謡曲や浪花節のレコードを聞かせてました。なんだか、コーヒーが抹茶になりそうだ(笑)。


 第2次大戦後、女性進出で、喫茶店は若者の社交場として流行します。かくして喫茶店=音楽の場、というメルクマールは消え、歌声喫茶もいつしか消失。コーヒー専門店がどんどん増えていくのです。


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