HINOTORI
vol.
黎明編

れいめいへん

その鳥の血を飲んだ人間は、永遠の命を授かるという・・・

 「火の鳥」シリーズの記念すべき第1作。すべてはここからはじまる・・・。

余談なのですが、むかし角川映画で市川昆監督による「実写版火の鳥」を
見たことがあります。火の鳥だけは手塚治虫
によるアニメーションで、配役は
ナギ役に尾美としのり、猿田彦役に若山富三郎、ヒミコ役に高峰秀子、
天の弓彦役に草刈正雄(スサノオだったかも?)という少々「濃い」面々でした(笑)。

あとの配役は市川監督の「金田一耕助」シリーズのおなじみの面々、だったと思います。
加藤武さんや大滝秀治さん、そうそう仲代達矢さんも出ていたっけなあ。
なんにせよ、ある意味おもしろかったし、最後はこのお話の構成上、シンミリしちゃったけど。



★「chapter」は私アポロがわかりやすいように勝手に区切ったものですのでご了承ください★

火の鳥トップページへ

Chapter 1
 ヤマタイ国全盛の時代。 クマソの村に住む少年・ナギの兄ウラジは、妻のヒナク(ナギのお姉さんにあたる)
の病を直すべく、その血を飲めば永遠の命を約束されるという「火の鳥」を火の山へ捕らえに行くが命を落とす。
 時を同じくしてグズリという海を漂流していた男がつかまった。処刑されかかるが、医者である彼はヒナクの
命を助けるのを条件に治療にあたり、それが縁でヒナクと再婚する。村に再び平和が訪れたかに見えたが・・・。
 このプロローグで使われる「火の鳥」とウラジの格闘シーンは、このあとの「火の鳥」シリーズを読むにあたって
重要なワンシーンとなる。それにしてもヒナクのウラジからグズリへの乗り換えは「それじゃあんまりだ。ウラジが
かわいそう」とも思えるが、小さな島の外に出たことのない娘にとり海の外から来た人間は未知も手伝って余計
魅力的に感じたのでしょう。その証拠にウラジを誇らしげに思ってたナギでさえグズリに結婚を勧めたのだから。
Chapter 2
 結婚式の夜、ナギは岬からたいまつを振るグズリを見つける。そしてその暗闇が広がる海の先にはたくさんの
軍船がいくさ人を乗せ迫って来ていた。猿田彦を頭とするその軍勢は、一夜のうちにクマソの村を火の海と化し
女王ヒミコの指示に従い残酷にも女子どもまでもを皆殺しにしてしまった。あまりにもむごい仕打ちにたじろぐ部
下に「ヒミコさまの命令ならば肉親でも殺す」と答えた猿田彦。その時猿田彦の肩に誰かが放った矢が刺さる。
 村のすべてを焼きつくし生き残った村人を一箇所に集め虐殺するその様には、いくらマンガとはいえ目を覆い
たくなる。ブラックジャック『魔王大尉』でも大虐殺をとりあげていたが、こういうシーンを目にするたび戦争になれ
ば弱い者たちが真っ先に犠牲になると示したかったのかも。老人だろうが赤ん坊だろうが関係ない。猿田彦は心
のどこかに葛藤を持ってるそぶりを見せた。が、この残酷な現実が今現在も世界のどこかで起こっているのだ。
Chapter 3
 猿田彦に矢を放ったのは生き残ったナギだった。兄譲りの弓の腕前を持つナギは、次々と村人が殺されてゆく
現実を目にしながらも猿田彦が油断するスキを狙っていたのだ。だが肩に矢が刺さったくらいで猿田彦は倒れな
い。観念したナギは「殺せ」と自らを差し出すが、村じゅうを皆殺しにしたはずの猿田彦はなぜかナギを生かし祖
国へ連れ帰ろうとする。「俺を憎め。チャンスがあれば俺を殺してみろ」ナギに対しそう言い放つ猿田彦だった。
 自分以外すべての村人が殺されたナギの心情には計り知れないものがあっただろう。もしかしたら猿田彦は
ナギが自分を狙っているのを見抜いていて、わざと矢を当てさせたのかもしれない。この段階ではなぜヒミコに
絶対服従のはずの猿田彦がナギの命を奪わなかったのかはわからないけど、おそらくそれが彼のせめてもの
贖罪だったのかもしれない。それにしても「バンパイア」になりかけのようなナギの顔が、不謹慎だが笑えます。
Chapter 4
 一方、猿田彦と「ヒナクだけは殺すな」と密約していたグズリは気絶した彼女を抱え火の山へ来ていた。ヒミコ
の命令には従ったが、彼女への想いが深まっていたグズリは祖国を裏切り共に生きることを決意する。気を取
戻したヒナクはグズリを人殺しのケダモノと罵り逃げ出すがそこで間欠泉が吹き出し、彼女は熱湯の川へと投
げ出されてしまう。寸でのところで彼女を助けたグズリの前に火の鳥が現れるが彼はそこで気を失ってしまう。
 病に侵された自分を助けてくれ一度は想い焦れた相手とはいえ、漂流者を装い一族を皆殺しに導いた男を
蔑むヒナクの抵抗は当然だと言えます。だがグズリは「俺はお前の夫だ」と彼女の前に立ちふさがる。こう考え
るとこの時代の人間ってすごく刹那的というか、いまこの瞬間を一生懸命に生きることしか考えてないんだなと
いう真摯さが垣間見えてきますね。それにしてもこんなシリアスな場面でもギャグを入れてくるあたりはさすが。
Chapter 5
 ナギを連れ邪馬台国へ戻った猿田彦はヒミコの弟・スサノオに火の鳥の噂が真実であったことを報告する。
ヒミコは政治から裁判まですべて亀の甲羅占いで決めていた。非があると決した者は即死罪という単純かつ
残忍な方法で国を統治していた。そんなヒミコが火の鳥を欲しがる理由はただひとつ。老いてきた自分の老
化を止め再び美しさを手に入れるためだった。スサノオはそれは自然の流れに逆らっていると諭すのだが。
  ヒミコは自分を神格化し国を掌握していた。亀の甲羅のヒビの入り方で死罪にしちゃったりするんだからも
うメチャクチャ。それに比べ弟のスサノオは常識人。ヒミコにいいように使われている猿田彦を気の毒に思い
同情もしている。そんなたったひとりの弟・スサノオにヒミコは「自分は神。だから老けていくことは許されない
」と火の鳥の必要性を説いてるんだけど、どう見ても若さへの嫉妬である。しかしホント簡単に人を殺すなあ。
Chapter 6
 ナギを自分の暮らす家に連れてきた猿田彦はもっと弓の力を磨いて火の鳥を打ち落としヒミコさまに献上しろ
とナギを諭す。一族を皆殺しにされたナギは当然言うことを聞くはずもなく、寝入った猿田彦の命を狙おうとあ
の手この手で攻撃するが、いとも簡単に阻止されてしまう。あくる日の朝、一睡もしなかったナギは猿田彦に山
犬が数多く出没するアキツが原へ連れて行かれた。その日から猿田彦と二人、弓の腕を磨く日々が始まった。
 それにしても猿田彦の強さはムチャクチャである。まあマンガだからね(笑)。「今は無理でも弓の名人にな
れば憎い俺を討てるではないか」という猿田彦のひと言でナギはついに重い腰を上げ修行に付き合うようにな
る。しかし山犬のバリエーションが笑える。くそまじめ型、映画型、カブキ型、赤塚不二夫型、ファミコン型、ミュ
ージカル型、デモ型なんてのもある。ちなみに赤塚不二夫型とデモ型がお気に入り(←いらんこの説明(笑))。
Chapter 7
 雨の日も風の日もその修業は続けられた。ある日一瞬のスキを突かれ大イノシシに体当たりされたナギは
瀕死の重傷を負うが、猿田彦の懸命の看護により一命をとりとめる。これほど手厚く看護してくれた猿田彦が
なぜ一族を皆殺しにしたのか疑問を抱くが「ヒミコさまからの命令」としか言わない。ある日ナギと猿田彦は偶
然ヒミコに出くわす。そこでヒミコに「その小僧はいずれわらわの命を狙う。今ここで殺せ」と命じられてしまう。
 猿田彦はヒミコに対して忠義者であるがゆえにクマソの一族でさえ自分の本意ではないにもかかわらず滅
ぼしたが、太古の日本ではこれが当たり前のことだったようだ。その積み重ねがいくつかの強国をつくり出し
我が国は国として安定していったようである。ナギが重傷を負った時の猿田彦の取り乱しようはただ事では
なかった。もう愛情を持っているとしか言いようがないよね。そんな中でのこの非情な命令。さあ、どうする?
Chapter 8
 巫女が女王になるというのは世界的な歴史を見ても珍しいのではなかろうか。ではなぜヒミコが女王になれ
たのかといえば、ヒミコの持つ呪いの力(実際持っていたかどうかは定かではないが)を人々が怖れ、それが
民を支配する力につながったからなんじゃないか。猿田彦にナギを殺すように命じたヒミコだったがそこにス
サノオが止めに入り事態はいったん収束する。が、猿田彦は自ら崇めるヒミコに嫌われてしまったのだった。
 人間を神と崇拝する。このメカニズムは太平洋戦争時の天皇とすごく似ている気がする。人間は生来不安
を抱く生きものです。そこに心の拠り所が現れるとその存在に寄りかかってなら生きていける気がするんじゃ
ないかな。ある意味宗教にも似てる。ヒミコのためなら村の一族皆殺しまでやってのけた猿田彦はナギひとり
のために今までヒミコに傾けていた信望をかなぐり捨てる。それはナギに対し芽生えた父性からなのかもな。
Chapter 9
 猿田彦と暮らして1年が過ぎた頃、ナギはめきめきと弓の腕前を上げた。「その腕で火の鳥を射落とせ」と
言う猿田彦に「その前に射止めたいものがある」と告げるナギ。嫌な予感が頭をめぐる猿田彦をよそにナギ
は同じ年頃のオロ、ナガトコと共にヒミコを討つことを画策していたのだ。その頃「そろそろいい加減に呪い
ごとで政を治めるのを辞めないと国を滅ぼしかねない」と忠告するスサノオにヒミコは食ってかかっていた。
 ナギも猿田彦に対する恨みはなくなったようだ。すべてはヒミコの命令。つまり村の一族を滅ぼした敵はヒ
ミコだと彼女ひとりに狙いを定める。両親が一生懸命働いてつくった米を根こそぎ年貢米として進呈させられ
たオロ、ヒミコの奇妙な亀の甲羅占いによって両親を殺されたナガトコは、やはりヒミコに恨みを持つナギと
共に行動を始める。そしてそれがこの後猿田彦をも巻き込む大事件へと発展してゆくことになるのだけど。
 Chapter10
 すべては年老いてゆくことを止められないヒミコのイライラが極端で残酷な政治の根本であった。そのヒミ
コを夜襲したナギたちは暗殺に失敗し逃げ出す。ナギを手引きしたとして猿田彦はまだらバチの穴倉へ入
れられる刑に処せられる。大した取り調べもせず猿田彦をまだらバチの穴に入れたヒミコを許せずついに
スサノオはヒミコに反旗をひるがえし暴れ出す。その時ヤマタイ国の頭上である自然現象が始まっていた。
 ここで物語が大きく動き出します。筋にはまったく関係ありませんが、このヒミコの部屋のシーンで1ページ
につき横長の長方形×4コマが同じ構成で6ページにわたって続きますが、この手法がより緊迫感と臨場感
を醸し出しています。この後の火の鳥シリーズでもたびたび使われますが、これは手塚先生の貴重な発明
だと思うな。まるで劇場の舞台を見てるようなリアル感がある。にしても猿田彦はホント踏んだり蹴ったり。
Chapter11
 太陽が黒く欠け出した。皆既日食だ。民衆は世界の終わりだと怯えヒミコに救いの手を求める。ところが
当のヒミコ自身、状況をどうすることもできない恐ろしさに逃げ出し、誰も入って来れぬ岩戸に身を隠してし
まう。ナギにとってこの状況が好都合となった。真昼間に暗闇となった騒ぎの間に穴倉に閉じ込められてい
た猿田彦を救い逃げ出すが、一緒にいたオロ、ナガトコが陣を固めていた兵士たちの弓で殺されてしまう。
 不謹慎かもしれないが、大人が死ぬ場面というのはそれはそれで流せる部分もあるんだけど、少年であ
るオロやナガトコが殺されるシーンは読んでいてグサッという痛みが余計に伴う。「火の鳥」は「生命」という
人類が避けては通れないテーマを取り扱っているせいか、赤ん坊だろうが子供だろうが容赦なく生命を落
とすシーンがあります。それが誰であろうが死ぬ、という手塚先生の戦争体験がそうさせているのでは?
Chapter12
 オロが用意してくれていた小舟に乗り、ナギと猿田彦はついにヤマタイ国から脱出する。クマソに向かって
進みだした小舟の上でやっと気を取り戻した猿田彦の鼻は、まだらバチの大群にかまれたせいで異様なほ
どにふくれあがっていた。壮絶な痛みを感じた猿田彦は鼻を海水につけるが、泣きっ面にハチのようなさら
なる激痛が走る。「オレのつばでなめて治してやる」と鼻をほおばるナギの優しさに猿田彦の目からは涙が。
 幸か不幸かまるでこの世の終わりとも思える皆既日食がナギと猿田彦の運命を大きく動かした。クマソ
の村を襲いナギをヤマタイ国へ連れてきた猿田彦が、今度はナギに救い出されクマソへ再び向かうという
のは皮肉に見えなくもないが、見方を変えれば一族と共に殺される運命だったナギを猿田彦が救ったのだ
ともとれる。ともあれ闇の中を風にまかせて進む一槽の小舟は長い航海を経てついにクマソへたどり着く。
Chapter13
 一昼夜かけてついにふたりはクマソへたどり着いた。猿田彦の一軍に殲滅させられたそこは当然のように
廃墟と化していた。「脱走者に厳しいヒミコさまは必ずここへ追っ手をよこす。それでなくても必ずここへ軍を
差し向ける。火の鳥を手に入れるために」と猿田彦はナギに伝える。クマソの村を滅ぼしたのもここへ火の
鳥を射るための前線基地を作るためだったと明かした。ナギは必ずヒミコより先に火の鳥を落とすと誓う。
 猿田彦はすっかりヒミコのマインドコントロールから解かれたかのようだ。しかしそれでもどこかでヒミコの
持つ妖術を恐れている節もある。大昔のような情報の乏しい時代は目の前にあるものがすべて、みたいな
ところもあったんだろうな。だから猿田彦をはじめとする多くの者たちがヒミコを恐れ崇めていたのだろう。
急激に自分の身の老いを感じ始めたヒミコに時間はない。やがてこの場所に、再び大船団が押し寄せる。
Chapter14
 「ヒミコさまを甘く見過ぎだ」猿田彦はナギをそう諭す。その頃彼の見立て通りヒミコは大船団を従えクマソ
へ向かうべく夜の大海原にいた。ヒミコはヨマ国の弓の達人・天の弓彦を配下に加えていた。弓彦は我が身
を燃やす火の鳥を射ち落とす秘策として鉄の矢を用意。当てずっぽに放ったかように見えた彼の一本の矢
が野鳥を4羽同時に射ち落とす。そんな弓彦の力を目の当たりにしたヒミコは火の鳥捕獲に自信を見せる。
  天の弓彦はヒミコに従順な忠誠を誓ったわけではなく、どちらかといえば金をもらったから射ってやるとい
った傭兵意識の側面と、弓の腕に確固たる自信を持ち誰も射ち落としたことがないという火の鳥を俺が射
ち落としてやるといったプロ意識を併せ持つ一癖も二癖もある男。ヒミコに向かい「年寄りは嫌いだ」と平然
と言い放つくだりはまさにそれ。今で言えばフリーエージェントで手に入れた、野球選手みたいなものだね。
Chapter15
 一方、大船団の灯を見つけた猿田彦は食い止めている間に逃げろとナギを諭す。ところがナギは「あん
たも逃げるんだ!」と猿田彦の手を引っぱる。その時猿田彦の鼻が天狗のように大きく張り出しているのを
見てナギは大笑い。そのおかげか鼻の痛みが治まった猿田彦はナギと共にヒミコに見つからぬよう火の山
へ向かう。そしてふたりは火の鳥に初めて遭遇。ナギは猿田彦をおいて火の鳥を追いかけてゆくのだが。
 1年前まで憎んでいたはずの猿田彦と彼の軍隊が滅ぼした故郷の地でよもや今度は一緒に行動するな
どナギは夢にも思っていなかっただろう。ふたりはついに村を滅ぼした元凶の元凶とも言える火の鳥を目
の当たりにする。考えてみれば火の鳥さえこの地にいなければクマソの村は今もそこにあったのだから。
しかしそれでは物語は進まない(笑)。磨いた腕でナギは猿田彦に「射とめてみせる」とその場を離れた。
Chapter16
 火の山を登り足をヤケドしながらもナギはついに火の鳥から至近距離にたどりつく。するとどこからともな
くナギに語りかけてくる声が。それは火の鳥だった。いや、正確には火の鳥がナギの心の中に話しかけて
きたのだった。「人間以外の生きものは短い一生にも不平を言わず満足して死んでいくのに、なぜ人間だ
けが死なない力を欲しがるの?」その問いに答えられず弓を引くナギに火の鳥は死の決判をし姿を消す。
 永遠に死なない力を手に入れた人はその後どんな人生を過ごしてゆくのだろうか?時間が限られてるか
らこそその瞬間瞬間を大切に生きていけるような気もする。というのは建て前で(笑)やっぱり生きているの
がつらくなる時は誰にだってあるよね。でもそんな時は自分は試されているんだと思うようにしているのです
が、いっこうにそのお試し期間が終わる気配がない(笑)。いや、そう思えることこそ幸せなことなのかもね。
Chapter17
 さらに火の鳥を追いかけていたナギは足を踏み外し崖の下まで滑り落ちる。そこでなんと村の裏切者・グ
ズリと再会し、姉が生きていて子供までいると告げられる。それが信じられない、いや信じたくないナギはグ
ズリに連れられ、ついに姉ヒナクと再会する。お互いの無事を喜び合うふたりだったがヒナクが今でもグズ
リと一緒に暮らしていて、しかもふたりに子供までいることに納得がいかないナギは、ヒナクを問いただす。
 ナギからしてみれば、姉はとっくに猿田彦の軍に殺されていたと思っていた。ヒナクにしても同じだった。
が、ナギにとってはまさかクマソに暮らす一族を滅亡に導いたグズリとヒナクが今も夫婦でいることが信じ
られないというのは当然な話だ。が、ヒナクの話は目の前の怒りしか見ていないナギの上を行っていた。
彼をうらんでも死んだ者は戻って来ない。ならばたくさん子供をつくって、また村を発展させればいい、と。
Chapter18
 私の代で村が再興できなくてもその子孫がまた子を生み発展させてくれればそれでいい。その考えに感
心したナギだったが、一方グズリはそんなヒナクを死なせはしないと毎日のように火の鳥を狙っていた。そ
の生き血を吸わせて千人でも子供を生めるようにするんだ、と。それが罪滅ぼしだとするグズリをナギは
許すが「その代わり火の鳥はおれが仕留め、おれが姉さんに飲ませるんだ」と宣言し、その場で別れた。
 ナギがヒナクに詰め寄るくだりはまたも手塚的画法が用いられている。正方形タテ4コマ、ヨコ3コマでヒ
ナクは影のみ、ナギは全身に怒りをみなぎらせ、それを見ているグズリの表情、という三者三様のこの見
せ方が素晴らしい。最後のコマではナギが驚いてコマを突き破りグズリの顔面にぶつかるというコミカル
なオチ。しかもその後、赤塚不二夫の「おそ松くん」や「イヤミ」までゲスト出演。シリアスだが笑える場面。
Chapter19
 ヒミコは多大なる褒賞をエサに火の鳥を討ち取ることを防人たちに指示。酒をかっくらう天の弓彦にもあ
きれるが、やはり腕は確か。そんな中、ナギたちが残したたき火の跡が見つかり、追跡の手をさらに強め
る。一方、ある山道で弓彦は猿田彦と出会う。弓彦は猿田彦に勝負を申し出る。何か言い残すことは?と
の弓彦の問いに猿田彦は「もし火の鳥を手に入れたらナギというおれのせがれに渡してほしい」と答えた。
 ヒミコへ火の鳥を進呈するためにナギのいたクマソの村を全滅させた猿田彦が、火の鳥をヒミコにでは
なくナギに渡してほしいと言うくだりには猿田彦がナギに対して目覚めた父性を感じる。結婚したこともな
い男が少年に対してそういう父性を抱く感情はよくわからないけど、きっとあんな子がずっと欲しかったん
だろうな、猿田彦は。にしてもあっという間に即席の弓をこしらえてしまう猿田彦。マンガとはいえ器用だ。
Chapter20
  猿田彦と弓彦のにらみ合いが続く。そこへ誰かが弓彦の腕に矢を放った。ナギだ。弓彦ほどの男に気
配を悟られず近づくことのできたナギを「あんたはいい息子を持って幸せだ。ヒミコの500の軍勢と戦うぐら
いなら火の鳥を諦めて逃げろ」との忠告を残しその場を去った。当然諦めるはずもなく「大好きな猿田彦
には逃げてほしい」と言うナギに「もう一度好きと言え」と心から嬉しい猿田彦は、何度もナギと抱き合う。
 おそらく弓彦は猿田彦と弓を構えただけで「こいつは本物の漢(おとこ)だ」とわかりあえたのだろう。だが
もしナギの横槍が入らなかったらどうなっていたのか?どこで命を落とすも本望という気概が、この頃の武
士にはあったのかもな。にしてもこの「猿田彦が好きだ」と告白したナギと「もう一度好きだと言ってくれ」と
喜ぶ猿田彦の抱擁シーン。もうふたりに幸せは訪れない今で言う「フラグが立った」シーン。なんとも複雑。
Chapter21
 ヒミコはあせっていた。日に日に老いを実感しながら、部下の仕留めて来るものはキジやカラスばかり。
そんな中、弓彦は「火の山がもうすぐ噴火するから撤退した方がいい」とヒミコに進言するが、当然聞く耳
など持たない。火の鳥は火の山をあおりついに大噴火を巻き起こし、ヒミコの軍勢は多大なる犠牲を被る
ことになる。そしてもちろんグズリとヒナクと子供たちが住んでいた場所にも容赦なく溶岩が襲いかかる。
 ヒミコの部下たちはやたらめったら鳥を討ちとってはヒミコに持って行くが、そもそも火の鳥を見ること自
体奇跡的な状況の中、部下たちにそれがわかるわけがない。「しめきりさえなければいつかかならず見つ
けます」というのは手塚流ギャグの最高峰だ(笑)。ヒミコたちへの火の山の怒りはコミカルに描かれている
が、グズリサイドではどうしようもなくシリアス。赤ん坊たちを抱えたままの逃走劇には、目を覆いたくなる。
Chapter22
 マグマのあふれる中を逃げていたグズリとヒナクはようやく尾根の上の位置までたどり着いた。しかし次
の瞬間、新しい火の壺が出現しヒナクが抱えていた二人の赤ん坊は奈落の底へ堕ちていった。「あきらめ
ろ!また新しく生むんだ!」グズリはヒナクをすくいあげ、ある洞穴へと逃げ込んだ。それと同時に洞穴は
土砂で埋まり、同じく逃げ込んできたけものたちとクズリ一家は、完全に閉じ込められてしまったのだった。
 この作品は大人だろうと子供だろうと、それが赤ん坊だろうと容赦なく死んでしまう、というのは上の方で
も書きましたけど、この赤ん坊たちが奈落の底へ堕ちてゆくシーンは初めて読んだ時の僕にはトラウマと
して強烈に残りました。そう、生命というのは強いようでいて実は意外とあっけなく終わってしまうものなの
だ。だからこそその生命があるうちは精一杯生きなきゃならないんだ、とここで教わったような気がします。
Chapter23
 先ほどとは対照的に火の山は大雨に見舞われた。生き埋めにされた洞穴の中で限られた水滴をグズリ
はヒナクに飲ませる。「泣くぐらいならその水を乳にして赤ん坊に飲ませろ」と。一方ある岩の上に座りずぶ
濡れになりながらただ一点を見つめる弓彦。そして弓彦に言われた通りヒミコの軍勢から逃げるためにマ
ツロの国を目指す猿田彦。が、ナギは相変わらず「火の鳥をしとめる」と言って聞かず、大喧嘩が始まる。
 はたしてグズリのような状況に追い込まれて正気を保っていられるだろうか。何でも「ダメ元」の精神力が
要求される場面だが、それって現実社会においてもけっこう重要なことだよね。一方、猿田彦はヒミコに仕
えて30年も棒に振った自分のような人生をナギに繰り返してほしくなく「火の鳥はあきらめろ」と諭すが当然
言うことを聞かない。本当は「ここに姉さんがいる」という理由で離れがたいのだろう。まだ子供だもんね。
Chapter24
 数日後、グズリとヒナクはなぜかまだ生きていた。残されていた赤ん坊も失ってしまったヒナクは気が狂
いかけていたが、グズリは希望を捨てず残ったけものたちと必死に外へと穴を掘り続けていた。そしてつ
いに外の光を目にすることになる。が、そこは外界から閉ざされたどでかい落とし穴の底のような場所だっ
た。あきらめかけたグズリだったが、なんとそこには人間が生きていけるだけの、太陽も水も草もあった。
 グズリとヒナクはこれから先の人生をその蓋を取ったやかんの底のような場所で暮らしていくことになる。
それにしてもこのグズリの生に対する執念はいったいどこから来ているのだろう?クマソを裏切った時には
小物にしか見えなかったけど、ナギ、猿田彦と並びこの物語のキーパーソンにいつの間にか成長している
ってあんた何様?(笑)。そこには火の鳥も来る。皮肉にもさらにすぐその先には火の鳥を狙う弓彦もいた。
 Chapter25
 一方、紆余曲折のあげくマツロの国を目指していたナギと猿田彦は、人間を乗せて自由に駆け回る「馬」
という乗り物を初めて目の当たりする。いきなり襲ってきたその者たちを撃退した彼らは、さらにその先で高
天原族という一団に遭遇する。マツロの国をすでに滅ぼしてきたとする首領ニニギの「奴隷になれ」という申
し出を当然のごとく拒んだふたりは、集団と一戦交えることになりかける。がその時、誰かが止めに入った。
 この物語をふたつに分けるとするとここからが後編ということになるのかな?チャプター25にもなってやっ
と折り返しとは僕の文章をまとめる力が足りないのか、それともそれだけこの物語の内容が濃密なのかは
わからないけど、ぜひとも後者であることを祈りたい(笑)。後半ではこの「ニニギ」を中心に物語は展開して
いきます。そして大陸からやってきた「馬」という動物。昔日本にはいなかった動物なんだね。それは意外。
Chapter26
  その争いを止めたのはウズメという世にも醜い顔をした踊り子だった。ニニギは「その男を助けたければ
結婚しろ」と無理難題を押し付ける。猿田彦も「お前と結婚するぐらいならヤマタイ国の勇士として戦って死
ぬ」と覚悟を決めるが「あの子はどうなるの?」とナギをさすウズメに折れ、奴隷になる上ウズメと結婚する
ことを承諾する。高天原族の者たちが笑う中、猿田彦はナギに「夜襲をかけニニギを殺そう」と持ちかける。
 クマソの村を襲撃した猿田彦はナギを奴隷としてヤマタイ国へ連れ帰った。今度はその猿田彦がナギと
ともにニニギの奴隷へとなれ下がったのは皮肉以外の何ものでもないが、ナギという自分にとって自分以
上にかけがえのない存在を手に入れた猿田彦にはもしこの顔の醜い女と結婚することでナギの生命が助
かるのなら、という今までなかった感情がわいてきたのだろう。もちろん話はそれだけでは終わらないが。
Chapter27
 一方、ヤマタイ国に戻ったヒミコは火の山の降り石が耳に当たってから耳が遠くなり寝込んでいた。そん
なヒミコの威光に疑いを持ち始めた国じゅうの者たちが宮殿めがけて押し寄せてきた。「病気ならなぜその
力で治さないんだ!」「もう占いや妖術の政治は信じない!」今でいうデモである。そんな民衆に矢を放つ近
衛兵。付き人の女官からは女王の座を譲れと迫られ「謀反だ」とその女官を殺し、もうメチャクチャである。
 人々を恐怖に陥れて統治するという「呪術」という政治手法にはもう限界が来ていた。やはりすべてはヒ
ミコの「老い」から始まった話だが、彼女は勘違いをしている。火の鳥の生き血を飲めば不老不死の力が
手に入るというが、その時点から不老不死になるのであって決して若返ることはない、ということを。ただそ
れでも妄信的にそれを手に入れようとした執念の裏にはよほど追いつめられた想いがあったのであろう。
Chapter28
 もはや実の弟・スサノオしか信じられなくなったヒミコは彼を牢から出し、今もしもじもの民からの人望が
厚い彼に宮殿の外の騒ぎを鎮めるよう懇願する。が、呪術で政治をする時代は終わったとの持論を崩さ
ないスサノオに頭にきたヒミコは彼の両目を焼き国から追放してしまう。ヤマタイ国の滅亡を予言して姿を
消したスサノオ。いまだ火の鳥の生き血を求めるヒミコ。唯一の肉親のはずのふたりは今袂を分かった。
 政治に限らず「今」という状態がずっと続くという現象は人間が関わっているかぎりありえない。良い言い
方をすれば人間には向上心があり少しでも明日を良くしようと思うからだ。だがたいていの場合、今ある既
得権益を放り出してまで進化したくないという力がはたらく。今で言えば原発とか議員定数の問題とかね。
スサノオはかなり先を見据えていた。もし生まれた順番が逆だったらさらに強大国になっていたでしょうね。
Chapter29
 一方、高天原族の宿営では奴隷となった猿田彦とこの世で一番醜いとされる女・ウズメの結婚式が執り
行われていた。面白顔のウズメの踊りに皆湧いた。そしてその夜、猿田彦とナギはウズメの秘密を知る。
この世のものとは思えぬ面白顔の化粧の下に隠れていたのは、この世のものとは思えぬ絶世の美貌だっ
た。滅亡させられたヨマ国で捕まった彼女は生き残るため、あえて不細工な化粧を施していたのだった。
 「一方」が多くてすみません(笑)。ウズメが生き延びるために施した化粧はあくまで漫画ならでは。確か
冒頭に書いた実写版「火の鳥」でウズメ役は由美かおるさんだったと思うんだけど、ほっぺに綿入れてふ
くらませて不細工に見せる化粧をしていたけど、やはり元がいいからそこまで不細工には見えなかったな
(笑)。だが猿田彦を好きになったのは本当みたい。キスされてデッサンがバラバラになったのは笑えた。
Chapter30
 ニニギを首領とする高天原族は住みやすい土地を探して旅をする大陸から渡ってきた一族だった。そし
て次のターゲットがヤマタイ国だとウズメから聞かされた猿田彦は驚く。一方、自分の首をとろうと近づくナ
ギに気づいたニニギは愛鳶・イサハヤをさしむける。が、これを返り討ちにしたナギはニニギの怒りをかい
我が身をヒモで馬にくくりつけられ引きずられるという、見るも過酷で無惨な拷問を受けてしまうのだった。
 「くせものを殺せ。目の玉をえぐってもよいぞ」と、まるで愛犬に投げたボールを拾わせるがごとくイサハ
ヤを襲わせた割には、返り討ちにあった仕返しともいえるこのニニギの所業は、大人げがないようにも思
える。が、そもそもナギも猿田彦も彼の奴隷であるため、まるで人間扱いをしていないのだ。自分とは違う
動物ぐらいにしか思ってないのだろう。こんなサバイバルな当時に比べて、今はなんて生ぬるいのだろう。
Chapter31
 その過酷な拷問に誰もがナギの死を疑わなかった。もちろん猿田彦も。ナギの亡骸にせめてもの望みと
ナギがウラジとの別れ際にもらっていた薬を彼に飲ませる猿田彦。そこへニニギがやってくる。大陸と違い
あまりに住みやすいその土地を気にいったニニギは猿田彦にヤマタイ国への近道を聞きだす。が、当然教
える気のない猿田彦はニニギとイザコザを起こす。そこで奇跡が起きた。なんとナギが目を覚ましたのだ。
 ニニギはニニギで一族を滅亡させることは首領として許されなかった。だから倭人(大陸の人間が日本
人に対して使う呼び名)に温情などかけてはいられなかったのだろう。文明が発達していなかった頃はきっ
と「生命の尊さ」もどちらかといえば軽いものだったのかもしれない。人はいつか必ず死ぬ。その限られた
生命の中で何ができるのか。何を世に残せるのか。それが唯一無二の生きがいだったのかもしれない。
Chapter32
 何日もその場を離れず火の鳥の出現を待っていた天の弓彦は、ついにかの鳥に出くわす。火の鳥が溶か
すことのできぬ鉄の矢を何本も打ち込んだ弓彦はついにその首を斬り落とし我が物とした。一方、ニニギ率
いる高天原族に国を追われたマツロ国の難民が大勢ヤマタイ国に押し寄せてきた。いずれこのヤマタイ国
も狙われると知った民たちは必死に対抗手段をとろうとする。そして胸を患うヒミコには死期が迫っていた。
 全編を通して火の鳥が最も窮地に立たされた場面であろう。永遠の生命をもつ火の鳥が一狩人に命乞い
をするというのは滑稽といえば滑稽だが「誰もが討てなかった獲物を討つ」ということだけに命をかけていた
弓彦には「永遠の生命」など興味がなかったのだろう。そしてマツロの国を追われた人々。虐殺が虐殺を呼
び、そこに住んでいた先住民がその土地を追われるというその構図は、世界じゅうで今もなお続いている。
Chapter33
 火の鳥をヤマタイ国へ持ち帰った弓彦。それを見たヒミコは安心したのか火の鳥を手にする直前で絶命
してしまう。それと時を同じくして高天原族の船団がついにヤマタイ国の沖に姿を現した。協力を要請された
弓彦は「互角に戦える相手以外とはやり合わない」と興味を示さなかったが、その船団に捕らえられた猿田
彦の姿を見つけると気が変わりヤマタイ国軍の総指揮をとることを承諾する。そしてついに戦が始まった。 
 ヒミコは虐殺を繰り返してでも欲しかった火の鳥を目の前にしてこと切れた。それを手に入れることだけが
すべてがうまくいく手段なのだと思い込んでいたのだろう。それが彼女の延命につながっていたのだとすれ
ばやはり「病は気から」というのはあながちウソとも言えないね。そしてついに高天原族とヤマタイ国の一騎
打ちが始まる。当然女性や子供といった弱者から犠牲になってゆく。その描写がキツいけど、それも現実。
Chapter34
 やはり戦のプロではない付け焼刃の国民では戦闘に長けた高天原族に太刀打ちできない。討ちとられた
遺体が積み上げられていく中、ニニギは憎まれ口を叩く。「このままでは最後に猿田彦が殺される」と確信し
たウズメは、我が身の化粧をといてニニギの気を引くうちに猿田彦とナギを逃がす。ヤマタイ国はヒミコとい
う柱を失い、さらに劣勢に立たされた。弓彦は飲んだくれ大将以外は狙わぬ始末。時間だけが過ぎてゆく。
 やはり「馬」という利口な動物に乗った兵士は何人力にもなるシロモノなのだろう。白兵戦ではまったく歯が
立たないヤマタイ国はさらに劣勢になってゆく。次にいつ攻めてこられるのか。次に攻められた時が最後の
時だというあせりが徐々にヤマタイ国民に浸透してゆく。太陽だけがいつものように昇り、すべての人間に平
等に光を与える。ここいら辺の時間が止まったような描写がすごく映画的で、手塚作品の真骨頂だと思うな。
Chapter35
 そこへ猿田彦がナギを連れて帰ってきた。沸き上がるヤマタイ国の民。しかしナギはこの国ではまだ奴隷
の身。もしヒミコがナギに死罪を申し付けても守ってやってくれと懇願するが、そこで弓彦からヒミコの死を知
らされた猿田彦は愕然とする。が、高天原族と一戦交えるため脱走してきた猿田彦はヤマタイ国の総司令
官となる。馬に対抗するため枯れ草を集めて大玉を作りそれに火をつけて転がすという作戦に打って出る。
 馬はケダモノだから火に弱い、という発想は戦の経験からというよりは海千山千の猿田彦だから出てきた
発想なのだろう。実際に馬と戦った経験も少なからずプラスになっているに違いない。そしてヒミコの死にシ
ョックを受ける猿田彦。描写は一切ないがこんな人格者の猿田彦がなぜあそこまで自分のためなら他の犠
牲を厭わぬヒミコに傾倒してたのかが逆に不思議だ。ま、書かれてないから納得がいくってとこもあるけど。
Chapter36
 枯れ草を刈る女たちがナギに尋ねる。「クマソを滅ぼしたヤマタイ国になぜ味方をするんだ?」と。「お前
たちの軍隊がクマソにしたことが、今度はそのお前たちに番がまわってきただけだ!ただオレは死にたくな
いだけだ」と突き放す。そんなナギの足元では、小さい赤アリと大きな黒アリの戦いが繰り広げられていた。
まるで今の自分たちの現状を投影したかのようなその状況に、ナギは小さな赤アリ軍を応援するのだった。
 赤ん坊だろうが誰だろうがかまわず殺す奴らを放ってはおけない!それがナギの心境だったのだろう。た
とえそれをやられているのが自分の村を滅ぼしたヤマタイ国であろうと。それは猿田彦の影響も少なからず
あるのだろう。ヤマタイの女たちは「私たちの軍隊がそんなひどいことをするはずがない」と信じようとはしな
かったが、そこが戦争の怖ろしさでもある。知らされぬことは、すべてなかったことになってしまうのだから。
Chapter37
 弓彦は長年の狩部の勘からこのカンカン照りから一気ににわか雨になることを猿田彦に進言するが、猿
田彦はそれを信じようとはせず枯れ草の大玉に火をつける作戦を変更しようとはしなかった。その後ナギと
会い、火の鳥の死骸を埋めた場所の地図を手渡す。それが猿田彦との約束だったからだ。弓彦は「長生き
しろよ」とナギに告げ、その場を立ち去る。そして雨の中、ついに両軍相まみえる最後の激闘が始まった。
 この時猿田彦が弓彦の意見を取り入れていたらどうなっていたか?もちろんそこで作戦を変えたとてヤマ
タイ国が勝っていたかどうかは微妙だ。枯れ草の作戦は馬と対等以上に渡り合う、文字通りワラをもすがる
戦法だったからね。そしてこの弓彦の無欲さ。誰もが憧れるアウトローさだが、きっとこの先の彼には不幸し
か待っていないな、という予感をさせる描写だ。とにもかくにも雨中の大激突はついに始まったのであった。
Chapter38
 やはり枯れ草に火がつかない。猿田彦は急きょ作戦を変更し枯れ草の中に5人の兵士をまぎれ込ませ坂
の上のスロープから転がす戦法に打って出た。枯れ草から弓矢を放つこの作戦はいけると思われたがすぐ
に見破られ粉砕される。ナギは肩を矢で討たれたが事なきを得る。猿田彦の獅子奮迅の活躍で救われたナ
ギは「ここにいいもんを持ってくる」と切り出す。猿田彦は「一度でいいからとうさんと呼べ!」とナギに願った。
  猿田彦の機転はさすがといえばさすがだが、言い換えれば「決死隊」をつくったようなものだ。その場にい
るすべての敵を殲滅できなければ自らが的になりにいくようなものだから。その通り、この作戦は失敗する。
そこで自らの運命を悟ったのか猿田彦はナギに最後に一度でいいから「とうさん」と呼んでほしいと思ったの
だろう。そしてナギも恥かしそうに「とうさんよう」とつぶやく。それが今生の最後の別れになるとも知らずに。
Chapter39
 弓彦は一射で一気に5〜6人の兵士を討ってゆく。猿田彦はニニギを探しながら猛烈な強さで前進してゆく。
そこへついにニニギが現れる。馬に乗っていようが一対一なら猿田彦の敵ではない。馬を殺してニニギを降
ろした猿田彦は優勢になるがそこで背中に矢が、そして大きな鼻に、さらに次々に数えきれぬほどの矢が刺
さり絶命する。そして弓彦も同じ国出身の女・ウズメを盾にされたうえ、首に槍を突き立てられて命を落とす。
 この物語の主要人物が2〜3ページで一気に殺されてゆく。しかもどちらも卑怯な殺され方で。この描写が
手塚先生のニクいところでもあり、逆に何ページにもわたり描かれるよりあっけない方がインパクトも強い。
この終盤まで読んでくるとこのおじさんたち(笑)には思いっきり感情移入させられてしまっているので初見時
には涙が出たものです。しかしそれが現実。いや、漫画なんだけどそこら辺のドラマよりもよっぽどリアル。
Chapter40
 主力を失ったヤマタイ国は一気に攻め込まれてゆく。一方、そんな状況も知らず火の鳥の死骸をとりにき
たナギはその場所が燃えていることに気づく。なんとか火をしのいで掘り出した火の鳥の死骸はカラカラに乾
いていて一滴も血が残ってはいなかった。そのショックの中、現れたニニギの一団に串刺しにされたナギは
火の鳥を抱えながらも命を落とす。そして燃え広がった周辺から生まれ変わった火の鳥は大空へ飛び立つ。
 そして主人公の少年・ナギの死。そういえば火の鳥と最初に遭遇した時、ナギは火の鳥から死の決判をさ
れていたな。それが現実となった。しかも皮肉にも「いつか必ず仕留める」と宣言していた火の鳥の亡骸を抱
えたままの死。それとは反対にそこからよみがえる火の鳥。欲しいものはどんな手を使おうと手に入れようと
するニニギにとって、永遠の生命に価値は見出せなかった。それがヒミコとは違った帝王観だったのだろう。
Chapter41
 戦いは終わった。高天原族の圧倒的な勝利によりヤマタイ国はニニギの手に堕ちた。猿田彦の亡骸に涙
するウズメ。そこへニニギが近づく。小さな赤アリと大きな黒アリの戦いは人間たち同様、黒アリが勝利して
いた。それを誇らしげに伝えるニニギはウズメに「妻になれ」と命令する。が、ウズメはお腹に猿田彦の子が
いることを告白。「いつかこの子があなたを滅ぼす」と告げ去ってゆくウズメをニニギは殺せず天を仰いだ。
 女には「子供を生んで育てる」という武器がある。そう言って去ってゆくウズメを斬れなかったニニギの躊躇
はどこから来ているのだろう。それはきっと自分も女から生まれて女に育てられたということに気づいたから
なんじゃないだろうか?そう考えるとやっぱり「男は女には勝てない」というのは本当だよね。そして愛する人
を失っても生き抜いていこうとするウズメの姿勢に、やっぱり女の方が強いやと実感させられる私です(笑)。
Chapter42
 火の鳥は根城にしている巣に戻ってきた。それはあのグズリやヒナクが住んでいる谷底にあった。グズリ
はいまだにその生き血をヒナクに飲ませるべく火の鳥を狙っていた。彼は少しずつ正気を取り戻している妻
・ヒナクと子供数人で生き延びていた。ヒナクは谷底の上には果てしなく広い世界が広がっていると子供たち
に話していたが、グズリが何度挑戦しても、立ちはだかる断崖絶壁が彼らの脱出を邪魔していたのだった。
 すいません、忘れてました!(笑)そのぐらい久しぶりだったもので。なにせチャプター24以来の登場ですか
らね。しかしこの一家がのちの「火の鳥シリーズ」に大きく関わってくるわけですから無視できません。ってい
うか、なんか違う漫画がふたつくっついたような、昔流行った「ザッピング」みたいなものですよね。でもそれよ
りもはるか昔に「ザッピング」を漫画でやっちゃってるんだから大したものですよね。って偉そうに言うな(笑)。
Chapter43
(END)
 そこからまた年月が流れた。グズリの息子・タケルは立派な青年に成長していた。ある日タケルは反対する
グズリを押し切り、断崖絶壁の登頂に挑戦する。外から女を連れてきて一族を繁栄させることを約束する。が
途中で負けそうになる。登るほどに遠くなるような錯覚すら起こる。もうだめだ。そう思った時、なんと火の鳥に
励まされる。そしてタケルはついに登頂に成功。その先に果てなく広がるまだ見ぬ世界を目の当たりにした。
 ついにグズリ一家念願の谷底からの脱出を長兄・タケルがやってのけることになる。そして彼はこの後、他
の土地から女を連れてきて家族全員を谷底から救いだし「ヤマト・タケル」と名乗るようになるのはまだまだ先
のお話。いや〜ついに「火の鳥・黎明編」が終わりました。しかし長かったな。いや、それだけ細分化してでも
語る価値のあるお話でしたからね。いや、ただ筆者のまとめる力が足りなかっただけかもしれませんが(笑)。



火の鳥トップページへ