メインカルチャーという言葉がある。もちろん、
プロトカルチャーとは関係ない(笑)。
ある社会で支配的な・伝統的な文化のことだ。
平たく言えば、芸術院やらお偉方の表彰&鑑賞対象となっている音楽やら芸術やらのことである。哲学もまたそのひとつ。日本という社会なら、歌舞伎もそのひとつ。純文学もメインカルチャーのひとつだ。詩も、短歌も、俳句も、もちろんメインカルチャーである。
しかし。
世界にとって、文化って言うたらなんやろうと考えると、ひとつのことに気づく。
文化って、ヨーロッパ文化や。
国も都市も、産業化が成功して儲かって来ると、「おれのところは近代的な都市だぜぃ!」と誇示せんばかりに美術館を整え、音楽ホールをこしらえる。これ、日本だけやなく、アフリカもそうなんやないやろか。アラブは偶像崇拝禁止してるから、美術館なんてないかもしれんけど。
20世紀の文化、つまり、普通ぼくたちが考える文化って、西欧の文化なのよね。
哲学の世界では、構造主義が進んで文化の相対化、なんて言われたけど、実際には文化といえばヨーロッパ文化のことなのね。
うそつけ、と言うのなら考えてごらん。
どこぞの国に、国技館作る人がいますか。
どこぞの国に、歌舞伎の舞台作る人がいますか。
日本画だけの展覧場がありますか?
文化=日本文化という考え方が世界にあるのなら、世界中に歌舞伎場がつくられているんじゃないかな。今、ぼくたちが文化と呼んでいるものは、16世紀〜20世紀にかけてヨーロッパで洗練されて来たもので、それが今世界に広がっている。
ある意味、文化的にヨーロッパに支配されている、と言えるわけです。ファッションもそうでしょ? ヨーロッパ風の服装こそ、文化の証。近代化すると、ファッション的にヨーロッパ化する。
だからって、脱ヨーロッパ! って安直なことを言いたいわけやない。
文化=ヨーロッパ文化という、この基本的な命題を忘れていると、文化について思考するときに間違いますよってことなの。ヨーロッパの人も、文化を考えるときに世界がヨーロッパ中心であることを忘れてしまう。第三世界のファッションも、ヨーロッパのファッションショーに取り入れられて初めて「文化」として認識されることを忘れてはならんでしょう。