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我が芝山町に人々が生活し始めたのは、一万年以上も前に遡るが、特に古墳時代後期後半と言われる五世紀中頃から7世紀の初頭にかけて見事な文化の華を咲かせた事は、出土する遺物や遺構から推して明らかである。まして出土する「はにわ」の美しさに至っては形容すべき言葉を知らない。子孫である我々は祖先が遣したこれらの貴重な文化財から、一体何を学び何を吸収して明日への糧となすべきなのであろうか。

古代人に比して我々は文明の所産をあり余るほど持っている。にも拘わらず現代人ははにわの美しさに魅かれ、それがかもし出すおおらかな雰囲気に心のなごみを覚える。この事は、人間にとって、物や金が人生の全てではあり得ない事を、たくまずして教えている様にも思われる。つまり古代人は物質的には貧しかったが、心は我々よりはるかに豊がであり、血の通った温かい生活を営んでいたのではないかと言う反省である。
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古代人にとって大自然の厳しさは、我々の想像の域をはるかに超えたものであろうが、それ故にこそ、生活共同体としての村の存在は重要であったに違いない。
祭りは全員参加の行事である。町をあげて祭りの行事を行う事によって、忘れられつつある町の機能を再認識してみたい。言わば町の復権である。今一番問題となっている個人と全体の調和をさぐる糸口がここらにあるのではないかと言ったら笑われるだろうか。我々は、出来得るならぱこれを契機に更に進んで人間にとって「農」とは何かに思いをめぐらしてみたい。大地に根ざす農こそが、村々を育てささえた根本だからである。そして、このささやかな祭りが、我々が生存する地球の存在について、もう一度改めて考えてみる機会を生む一助になり得るなら、正に望外の幸せである。
芝山町はにわ祭実行委員会
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