皆さん今晩は。今回は「なみだのラブレター」橋本昌人編の中から、「ドロボーネズミ」大阪市・昭和10年生まれで、小学校の同級生への手紙を紹介します。
【シンちゃん　僕のこと覚えていますか？70年前に、小学校同級生だったマサシです。シンちゃんはまだ、小学校3年生のままですか。もうおなか一杯なったかな。先日、ニュース番組である事件をふり返っていました。それは、平成22年6月におこった事件。大阪市の西区で、3歳と1歳の幼い姉と弟が実の母親によりマンションの一室に監禁・放置され、水や食料も与えられないまま亡くなりました。二人の胃や腸には「食べ物」が全く残っていなかったとの事。亡くなる前の数日間は食べ物を口にしていなかったのでしょう。空腹のあまり、ティッシュを食べていた痕跡もあったといいます。僕の記憶にもまだ新しい悲惨な出来事です。想像を絶する苦しみから解放されて、二人は今、美味しいご飯を天国でほおばって、おなか一杯なったかな。このあってはならない事件の報道を見て、シンちゃんキミの事を思い出しました。おなかが空くことの辛さ。現代の世の日本に何不自由なく住む子ども達は、普通なら、その地獄をもはや知る術もありません。戦時中、食糧難になり、それは終戦が近づくにつれて非常に深刻なものとなっていったのです。昭和19年。大阪市内の阿倍野に住んでいた小学3年生の僕は、空腹をのがれるために大阪の郊外のある地区へ疎開しました。小学校では、粗末ながら、みんな弁当を持ってきていました。そしてある日、それは発覚したんでしたね。みんなの弁当が食べられているという事件。食べられているといっても、ほんの少し、ほんの隅っこだけ、ご飯が食べられていたのです。おかずには手をつけていません。みんなの弁当から、ご飯を少しだけ。ほんの少しだけ。やがてそれに気付いた男子数名が騒ぎ立てました。「この組に一人、泥棒がおる。泥棒ネズミがいて、弁当をかじっている」「もうわかっとるわ。貧乏人のあいつしかおらん」「疎開じゃないのに、弁当持ってきてないのは、あいつだけやからな」都会から疎開してきている子どもらは、弁当ではなく、家に飯を食べに帰っていたのですが、シンちゃんは疎開組じゃ無くても、弁当を持ってきたことはありませんでした。キミのお父さんは兵隊に行って戦死し、母ひとり子ひとりだったけど、お母さんは病弱で働けなかったんですね。息子に弁当を持たすことができなかったんです。さぞかし、おなかが空いていたことでしょう。辛かったでしょう。思い余って、みんなの弁当を、でも、みんなに迷惑がかからないように全員の弁当から少し、ほんの少しずつ、拝むような気持ちで隅っこの米だけを食べていた。そして、食べてはまた、きっちりと弁当箱を包みなおしていたんですね。「この泥棒が！」「このネズミが！」と罵られ、こづかれ、シンちゃんは学校に来なくなりました。やがて、シンちゃんが亡くなったとの知らせが入り、葬儀が営まれたのは、そんなことがあってから3ヶ月後のことでした。餓死だったんですね。お母さんもその後、あとを追うように亡くなったと聞きました。僕は無力で、何の力にもなれなかった。ゴメン。本当にゴメン。僕は戦争が終わって間もなく、ある農家で、生卵を落として醤油をたらした暖かいシャリを食べさせてもらい、この世にこんな美味しいものがあるのかと思いました。その時に、シンちゃんの顔が頭に浮かんだよ。シンちゃん、白いホカホカのご飯を天国でホオばって、おなか一杯なったかな。お父さんとお母さんと食卓を囲んで、大きな声で「おかわり」するシンちゃんのお茶碗に、お母さんが笑顔でご飯よそって、おなか一杯なったかな。今の世でも、世界の各地に飢餓で苦しむ人々がいます。そんな人たちがいつか、おなか一杯食べられるように、決して悲しい終末を迎えないように、そんな時代が確かにあったんだと、僕は語り継ぐことしかできません。そして命のある限り、友達として、ずっとずっとシンちゃんに手紙を書き続けるでしょう。シンちゃん・・・・おなか一杯になったかな。】

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