厚生科学研究「臨床心理技術者の資格のあり方に関する研究」経過報告
全心協会長  宮脇 稔

厚生科学研究班は12年度3回開催され、資格化の必要性、臨床心理業務と医行為の関係、資格化の領域、国家資格案について検討を行いましたが、その中心は臨床心理技術者の業務に、医行為が含まれているか否かについての論議にあったといえます。この医行為論議は「医師の指示」との関係が深く、過去の厚生科学研究班においてもどうしても決着できなかった部分でしたが、12年度研究班では最終段階で臨床心理士会が臨床心理技術者の業務に一部医行為が存在することを認めたことによって事態は大きく資格化実現に向かって動き始めています。また国家資格化の領域は医療、保健分野に限定したものとし、その名称も医療心理士が適当であるとの意見が大勢を占めています。
13年度の研究班はそうした経過を受けて、臨床心理技術者の業務の専門性と責任性の検証、教育養成カリキュラムの検討、医療・保健分野の領域の明確化へと具体的な資格化の論議に入ることが出来ました。

このホームページでは厚生科学研究13年度の3回にわたる検討経過をお知らせしますが、詳細については全心協発行のニュースレターNo39、40をお読みください。

第1回研究班報告
第2回研究班報告
第3回研究班報告
全心協の意見
12年度のまとめ



平成13年度厚生科学研究
「臨床心理技術者の資格のあり方に関する研究」
第1回研究班報告

平成13年度の研究班が下記の要領で開催されました。13年度は臨床心理技術者の代表として、従来の全心協、心理士会、全判協に加えて日本心理学会、日本心身医学会、老年学研究所からの参加がありました。
日時 : 8月31日(金)15:30〜17:30
場所 : 山王病院・山王ホール
出席者: 鈴木 二郎   国際福祉大学教授/山王分院・精神神経科部長(座長)
東 洋     日本心理学会代表
荒田 寛    日本精神保健福祉士協会常任理事
大森 秀夫   日本精神科看護技術協会専務理事
石田 昌宏   日本看護協会政策企画室室長
河合 隼雄   日本臨床心理士会会長
黒川 由紀子  老年学研究所所長
斎藤 慶子   戸田病院
坂野 雄二   日本心身医学会代表/早稲田大学人間科学部教授
谷野 亮爾   日本精神病院協会常任理事(欠席)
樋口 美佐子  全国児童相談所心理判定員協議会会長
穂積 登    東京精神科診療所協会会長
松尾 宣武   慶應義塾大学医学部小児科学教授
三村 孝一   日本精神病院協会理事
宮脇 稔    全国保健医療福祉心理職能協会会長
山崎 晃資   日本児童青年精神医学会理事長
オブザーバー
     大澤 英司   厚生労働省精神保健福祉課主査
     吉冨 芳正   文部科学省児童生徒課課長補佐

今回の会議で特筆すべきことがありました。これまで意見の不一致がみられた心理学関連団体の意見が医療心理士の国家資格化の実現に向けて一本化の方向に進み始めたことです。もちろん全ての課題が解決したわけではありませんが、前向きな具体的課題への話し合いが始まりました。

会議の経過
各自の自己紹介の後、精神保健福祉課を代表して大澤主査より挨拶がありその中で「13年度の研究内容としては名称独占資格でなく業務独占資格とする必要から、多数の事例を集めて整理し、臨床心理技術者の業務が他の専門職種では遂行し得ない業務であり、臨床心理技術者としての専門知識と技能の必要性が明らかになる報告にしてほしい」との主旨の要望が伝えられました。
その後座長より「12年度報告書の結論部分を確認した後、これに基づいて医療心理士実現のための検討を重ねてゆきたい」との主旨の発言があり、結論部分が読み上げられました。
臨床心理業務と医行為の関係、臨床心理技術者の国家資格案については様々な立場の積極的な意見や厳しい注文が出されましたが、資格化を実現しようとの意欲と熱意に満ちた検討の場になりました。以下に活発に話し合われた内容について要点をお伝えしておきましょう。

臨床心理業務と医行為の関係について
両者の関係が医療保健分野では、「なんらかの心身の障害や、疾病を有している人を対象にした臨床心理相談、心理査定、心理療法は医行為に含まれる。」との表現は「医行為に含まれるものがある」と変更できないか。との意見が出された。それに対して、
・ 医療保健分野における心身の障害や、疾病を有している人を対象にしているので医行為に含まれるでよい。
・ 医療、保健のシステムとして機能する場合には、医師の指示が必要である。医療保健分野とは単に場や空間に限定しているわけではない。
・ 心理業務の全てに医師の指示がかかるわけではなく、業務のごく一部に医師の指示がかかる。
など様々なニュアンスの理解があり医療保健分野の規定について今後の会議でより明確にし、医師の指示範囲も具体的に検討する必要があることと確認されました。

臨床心理技術者の国家資格(案)について
十分な討論がなされておらず今後の詰めが必要であることを確認した上で、医師との協力関係が信頼に基づいたものとなるためには、教育カリキュラムが重要であり、医療心理士の養成カリキュラムの構成内容を確認することが重要であるとの意見が出されました。

こうした討論の経過から、事例を中心に臨床心理技術者(医療心理士)の業務の専門性を明らかにし、医師の責任と臨床心理技術者(医療心理士)の責任の関係をどう規定するかを探ると共に、医療保健分野の具体的な領域やシステムの規定と、医師の指示の範囲についてその領域と業務を具体的に明確にしてゆく必要性が確認された。この確認に基づいて事例提出の形式や要点について検討して頂く委員を選考しました。
また教育カリキュラムについては、臨床心理技術者(医療心理士)としての専門性と独自性を発揮できてなお医療、医学の基礎的知識の必要性をどうカリキュラムに反映させるかを重要な課題として日本心理学会の東委員と日本臨床心理士会の河合委員が具体的な医療心理士養成のための教育カリキュラムを次回班会議までに検討してくることとなりました。



第2回研究班報告

日時: 平成14年3月1日(金)13:30〜15:30
場所: 山王病院・山王ホール
出席者:鈴木二郎(研究分担者)、東 洋、荒田寛、大森秀夫、河合隼雄、黒川由紀子、
斎藤慶子、坂野雄二、樋口美佐子、三村孝一、宮脇稔、山崎晃資 
    松野俊夫(坂野氏説明補助)
大沢英司(厚生労働省・障害保健福祉部)、平下文康(文部科学省・スポーツ青少年局学校健康教育課)、樋口彰範(文部科学省・初等中等教育局児童生徒課)

第2回研究班は3月1日に開催されました。アンケート結果を集計分析し、それに基づいた検討を前半に行い、後半はその他の検討事項に入る予定でしたが、河合委員より緊急の検討課題が出されたため、医師の指示について再度話しあわれました(詳細は後述)。結果として3月中に第3回を開催し結論を出すことになりました。

会議の経過
冒頭鈴木座長よりアンケート調査の経過報告があり、それを受けて、坂野雄二氏(日本心身医学会代表)よりアンケート調査の集計結果についての説明及び解説が行われました。アンケートは昨年末に各委員に30部ずつ配布され、年始に回収されました。その結果2月23日までのアンケートの集計は310ケースとなっています。そのうち医師との連携に基づくケースが240ケースであり、80%近くを占めていました。アンケート項目の内容や結果は以下の通り
座長暫定的まとめ
医師と連携している臨床心理技術者が310例中240例と高く、大部分の臨床技術者は医師と連携している。心理単独では、平均13歳位の発達に関しての問題を扱っているらしい。
契約は明示している人が多いが、9%の人がはっきりしない。主治医に関して、73%にすでに主治医がいて、主治医か医師に指示で始めた場合が86%である。うまく解決したのが41%、うまく解決しなかった14%、あとは他施設に依頼している。料金の問題で混合診療は不可である事や、他にいろいろ問題がでている。治療による改善度は、連携している場合に高い。医療・保健施設内での治療法について、薬物療法は当然として、精神療法が37%あり、臨床心理側での心理療法と検討が必要である。チーム医療に関し、53%もあるが、医師からのフィードバックが少ない。

アンケート結果についての報告の後、各委員からの質問を受ける段階になり、遅れて参加された河合委員より、お詫びに続けて以下のような主旨の意見が述べられ、委員会は紛糾しました。

河合委員の発言要旨
心理の仕事に対して包括的に医師の指示がかかることには反対したい。
心理学と医学の専門家が一緒に仕事をする場合、広い範囲に医師の指示が与えられるという危惧を感じる。指示でなく指導で十分である。
心身の障害や疾病を有している人を対象にした行為は医行為に含まれるとの表現は、医療・保健分野としているがその区分が明確でない。医療・保健と福祉の分野を明確に分けることも困難である。
カリキュラムについても危惧している。医師が指示することになればカリキュラムの作成に医師の意見が入ってくるのではないか。
わずか3回の研究班の話し合いで、資格化に突撃するのは元気が良すぎるように思う。

この意見に対して樋口委員(全判協会長)からも次のような要旨の意見が出された。
医療・保健と福祉分野の境界が明確にできるのか心配している。
児童相談所における現在の医師との連携関係が、資格ができることで指示関係になってしまうことにならないか危惧している。

これらの意見に対する各委員の意見として次のような意見が出された。
・ 医師の指示は医師法17条において規定された法律用語であり、医療・保健の分野で心理の専門職として働く場合には、仕事の責任制、専門性の担保としての資格が必要であり、そのための話し合いである。
・ 医療現場で働く心理職の身分は不安定である。何とかしないといけない課題であり、そのために話し合いを重ねて医療・保健分野に限定している。何とか今年度で形あるものにしてほしい。
・ 医療・保健分野に限定した資格であると、明確に領域を限定して論議してきている。  
・ 議論の積み重ねを、いきなり反故にするということであれば、心理士会は別行動をとらなくてはならなくなるのではないか。
・ もう少し前向きに考えてほしい。全ての業務に指示をかけるのではなく、医療現場でのカウンセリングについては医師の指示が必要であると考えている。
・ スクールカウンセラーや福祉領域にまで指示が及ぶのではないかとの危惧を取り除けるような明確な文書になるとありがたい。

これらの意見を受けながら鈴木座長は次のように資格化に言及された
・ 心理士の国家資格化は、既に昭和20年代から議論し、少なくともこの場にも、10年間も関わっておられる方もおられる事をご承知いただきたい。
・ 医師の指示は全てというのでなく、医療と保健の分野に限定している。医師の指示のかかる範囲は医療機関、保健機関として明確にしたい。
・ カリキュラムに関しては、第1回会合の折に、東、河合両先生に原案の作成をお願いして、了解を得た。
・ 心理学のカリキュラムに一切口出しをするつもりはない。大学で所定の心理学課程を履修する事と、大学院(修士)で、医療・保健関係法規、精神医学、小児科の基本的科目を勉強してもらいたいとの意見があるだけで、具体的な内容には口出ししない。



第3回研究班報告

日時: 平成14年3月28日(木)18:30〜21:30
場所: 山王病院・山王ホール
出席者:鈴木二郎(研究分担者)、東 洋、荒田寛、大森秀夫、岡谷恵子、黒川由紀子、
斎藤慶子、坂野雄二、樋口美佐子、穂積 登、松尾宣武、宮脇 稔
    松野俊夫(坂野氏説明補助)
大沢英司(厚生労働省・障害保健福祉部)、平下文康(文部科学省・スポーツ青少年局学校健康教育課)、枝 慶(文部科学省・スポーツ青少年局学校健康教育課)、樋口彰範(文部科学省・初等中等教育局児童生徒課)
平野 学(河合隼雄委員代理)

研究班終了後はいよいよ審議会での検討開始か
最終回の第3回研究班は3月28日に開催されましたが、河合委員は文化庁の仕事が忙しく欠席され、代わりに心理士会より平野学氏が参加されました。第3回では、アンケートの集計件数が新たに35件追加され、それを含めた345件報告がありました。結果の分析内容は前回の傾向と大きな違いは出ませんでした。その後、医療・保健以外の分野で業務を行う心理士に、不必要な心配や誤解が生じないように、国家資格のおよぶ範囲を明確にするための検討が行われました。今回の国家資格は、医療行為を行っている医療・保健機関で働く心理士に限定した国家資格の検討ですが、12年度の「まとめ」の表現では、国家資格の領域と医師の指示の関係について曖昧さを残していたため、その点を明確にするための意見が出されました。
具体的には、国家資格の領域は、医療・保健施設の責任範囲に限定する方向で意見がまとまりました。仮に、精神科に主治医のいる人が、開業の心理士の所に通っても、開業心理士は主治医の指示を受けることにはならないとの解釈です。主治医との連携が望ましいということになります。
福祉領域である児童相談所における場合も同様で、これまで通り医師との関係は連携関係ということになります。
また、医師の指示についても誤解を生じさせないように、12年度のまとめをさらに具体的な表現にすることになりました。13年度のまとめの文章表現は、座長にお任せすることとなりましたが、内容は、この資格ができることで、他の領域(たとえば、教育相談室、児童相談所、開業など)で働く心理士の業務にも医師の指示がかかるとの誤解を生じないような文章にすることが確認されました。
その後、受験資格についても以下のような骨子が議論されました。
@ 国家資格における心理士の名称は「医療・保健心理士」で意見の一致をみました。
A 学歴としては4年制大学を卒業し、原則的には大学において所定の心理学諸科目を履修、単位取得すること。さらに、専門課程修学として、大学院において臨床系心理学の修士課程(医療・保健関係法規、精神医学、小児科学の基本的科目を含む)修了。あるいは指定された医療・保健関係施設における3年間の研修が必要とされています。
B 受験に際しては、さらに一年間の臨床実習が必要とされ、初めて受験資格を得るというものです。
最後に座長より、平成13年度のまとめをもって3年間にわたる研究班の開催は終了し、13年度のまとめが出来上がると、次の資格化への具体的な作業は、研究班でなく審議会レベルでの検討になるのではないかと述べられました。



全心協の意見
全心協は、資格の領域と、そこでの医師の指示に関して次のように考え、研究班で意見を述べました。
@ 医療・保健施設に限定した資格が必要です。
 心理士の資格化は、各省庁をまたがる横断的資格が理想と考えます。しかし、仮に横断的資格が実現したとしても医療・保健施設で働くには、別の資格が必要になります。その理由は、医療・保健領域で仕事をするためには、心理士の業務の一部が医行為に相当する行為を含むために、医師法あるいは保助看法の一部を解除する必要があり、その資格が必要となります。この間の研究班での資格化の検討は、まさにこの部分の検討です。
 この場合、資格は医療・保健領域に限定したものとなり、医療・保健施設において、医療を求めておられる、患者さんが対象となります。つまり、明確に場と対象を限定した資格化が望まれます。
研究班では座長はじめ各委員も全心協の考えと相違はありません。
A 医行為は、医療・保健施設という限定された場で、何らかの心身の障害や疾病を有する人を対象に行う心理検査、心理療法に含まれると考えます。
 医行為は医療・保健領域で働く心理士の業務の一部に含まれると考えます。具体的には極度のうつ状態や混乱状態にある人、身体的な治療が必須の状況にある人、あるいは自傷他害の可能性の高い人への医療・保健現場での心理査定や心理療法の実施は明らかに医行為に含まれると考えます。医療を求めて来られる方の医療行為の最終的な責任者は医師であり、心理士の業務には診療を補助する行為。あるいは診療行為にあたる業務を含みます。ここのところが精神保健福祉士と相違する点です。
B 医師の指示は、医療・保健施設における心理士の業務の一部にかかると考えます。
この部分に関する12年度のまとめの文章が誤解を生じさせていると考えます。まず12年度の文章を示し、次に全心協が研究班で提案した変更点を述べたいと思います。




12年度のまとめ 
V臨床心理業務と医行為の関係
3)両者の関係は、医療・保健分野では以下の通りである。
   a)医療・保健関係各施設内における臨床インテーク、臨床心理相談、心理査
定には医行為に含まれるものがある。
   b)なんらかの心身の障害や、疾病を有している人を対象にした臨床心理相談、
心理査定、心理療法は医行為に含まれる。
   c)対象者に主治医が存在する場合、及び臨床心理技術者がチーム医療の一因
である場合は、主治医あるいはチーム責任医師の指示に従う。
変更点
医療・保健施設において臨床心理業務を行う場合、以下の3点をすべて満たす
場合は、医師の指示に従う必要がある。
@ 医療・保健施設において、A医療を求める人に対して、B心理査定、心理
療法を行う時、C対象者に主治医が存在する場合、及び臨床心理技術者が
チーム医療の一員である場合は、主治医あるいはチーム責任医師の指示に
従う。なお、臨床心理相談は医師の指示でなく指導の範囲と考えます。

C 医師の指示の範囲と指示のあり方
 医師の指示の範囲は、主に個人や集団を対象とした心理療法になると考えますが、心理査定の一部にもその可能性があることも思います。その場合指示のあり方は、作業療法士への作業療法導入や中止への包括的指示と同様に、心理療法や心理査定の技法や期間などの具体的な指示ではなく、心理療法の導入や中止といった、包括的な指示にすべきと考えます。なぜなら現状の心理士の医療・保健現場での心理士への医師の指示が、そのようになされているからです。

D 受験資格について
 学歴や専門課程修学について異論はありませんが、大学卒業後3年の実務、あるいは大学院修士課程終了後に、さらに受験のために1年の臨床実習を課するのは少しハードルが高すぎるように考えます。どうしても臨床実習が必要であれば、資格取得後に一年の臨床実習を課するほうがベターかと考えます。

以上


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