語る会の航跡

池上のルーツを語る会の立上

平成13年5月はじめ、「池上のルーツを語る会」設立準備会から参加を希望している同窓生に誘いの案内状が送られました。その中に設立趣旨とその経緯が述べられていますので引用します。

『昨年秋の横廠見友会神奈川大会で元気な同窓生とお会いしてから半年になろうとしています。その間、神奈川大会で配布していただいた「季刊大林・造船所」が火種となり、

訪問挨拶記念撮影。右から小林さん、東善寺住職、山本、岩井夫妻

訪問挨拶記念撮影。右から小林さん、東善寺住職、山本、岩井夫妻

同窓生の間で池上のルーツを探る運動が巻き起こりました。この運動の中で横須賀造船所の生みの父と言われる「小栗上野介忠順公」の菩提寺東善寺で「小栗まつり」が5月27日に行はれることを知り、「行ってみよう」と声が続出しました。

私達池上で教育を受けたものは、池上時代を語り思い出すことが、心身ともに若返ります。これは健康の泉です。そこで「季刊大林・造船所」の収集と配布にご尽力された小林利彦さんはじめ、これにご協力された同窓生をお誘いして、小栗まつり参加の一泊旅行を企画しました。』

この案内状により5月26日、群馬県倉渕村の横須賀市民休養村「はまゆう山荘」に同窓生25名、夫人7名、計32名が参集して「池上のルーツを語る会」を立上げました。


池上のルーツを語る会の立上

はまゆう山荘は横須賀市市民部青少年課が管理している山荘です。JR高崎駅から専用の送迎バスで約1時間30分かかります。山荘から東善寺へは車で15分です。共に山間部で静かなところにあります。ここに一泊しました。

東善寺本堂で工廠歌を歌う同窓生

東善寺本堂で工廠歌を歌う同窓生

当日は午後2時頃までに参集し、一服してから山荘の中庭に全員集合し、横須賀海軍工廠歌を櫻井教官(茨城県、18年次、造機部の櫻井さんのこと)の指導のもとで演習を行ないました。その後は大きな部屋で「小栗上野介忠順」のビデオを観賞しました。夕食時には懇親会が開かれ、池上時代の話で盛り上がり、楽しい一時を過ごしました。

翌27日は午前9時、はまゆう山荘を出発。東善寺では午前10時より小栗公の墓前で住職の読経がはじまり、線香の煙がただよう中、みんなで墓前参拝をすませました。境内は昼市でたくさんのお店が出ていました。本堂は小栗上野介顕彰会理事の市川八十夫さんの研究発表「小栗上野介有罪説をただす」があり、続いて小栗公を追悼する曲「維新無情」を住職の朗読に合わせて群馬マンドリン楽団の演奏がありました。ポピュラー曲の演奏もありました。

次が私たちの出番です。11時30分に本堂に集まり「横須賀海軍工廠歌」を群馬マンドリン楽団の演奏に合わせて斉唱して奉納しました。成果は上々でしたが一部同窓生の中に感激のあまり声を詰まらせたものもおりました。

この後は遠方者もおりますので自由解散としましたが、多くの同窓生は午後の作家、童門冬二先生の講演「小栗上野介に学ぶ日本の心」を最後まで拝聴しました。


ヴェルニー・小栗祭に参加して

平成13年11月11日午前11時より対岸に横須賀海軍工廠の1号〜3号ドッグが見えるヴェルニー公園(旧臨海公園)でヴェルニー・小栗祭が横須賀市によって行われました。当日会場で配布された栞にヴェルニー・小栗祭について次のように解説されています。

横須賀製鉄所の歴史とヴェルニー・小栗祭について
 横須賀製鉄所は、慶応元年(1865年)徳川幕府の勘定奉行であった小栗上野介忠順とフランス人技師フランソワ・レオンス・ヴェルニーにより建設されました。明治4年に横須賀造船所と名称が変わり、その後横須賀鎮守府造船部などと改称され明治36年横須賀海軍工廠となりました。現在の米海軍横須賀基地内にありました。
 横須賀市では、その発展の端緒となったとも言える横須賀製鉄所建設に功績の合った小栗上野介忠順とフランソワ・レオンス・ヴェルニーを追慕するため、昭和27年(1952年)以来、ヴェルニー公園に設置されている二人の胸像の前で式典を行っています。

11月10日午前10時JR横須賀駅前集合、駅前広場にはレンタカーのマイクロバスを借り上げて同窓生の白浜さんが奥さん同伴で笠井さんとともに出迎えてくれました。二人の案内で養成所跡地である池上中学校などゆかりの土地めぐりをしました。

ヴェルニー・小栗祭の式典

ヴェルニー・小栗祭の式典。フランス大使、フランス太平洋艦隊司令官、米国第七艦隊司令部参謀、小栗公縁故者・・・・・・花輪供呈

夕方6時から防衛大学の走水荘で東善寺住職を囲んで「小栗上野介を語る会」が開かれました。東善寺たつなみ会の世話人宮原栄二さんの司会で進められましたが、はじめに自己紹介が行われました。出席者はゲストの横須賀開国史研究会の会長山本詔一さんはじめ、横須賀の文化遺産を考える会の代表長浜つぐおさんなど多数の郷土史研究家の方が出席されておりました。会食方式なのでお酒も手伝い、小栗上野介や横須賀の開国史の話に大いに熱が入りました。会食後も部屋に入ってからよる遅くまで続きました。

翌日、日仏国旗掲揚を海上自衛隊音楽隊の演奏で行われて式が始まりました。

この後、放鳩、花輪供呈、式辞:横須賀市長、祝辞:外務大臣(代理)、フランス大使、ブレスト市長(横須賀市とブレスト市は姉妹都市)が厳かに執り行われました。


横須賀海軍工廠歌のCDを戴く

横須賀市が主催する「ヴェルニー・小栗祭」の前日である平成14年11月9日、小栗上野介公の菩提寺東善寺の村上住職が主催する「前夜祭」が防衛大学走水荘で行われました。

栞「音楽でつづる横須賀の歴史」

栞「音楽でつづる横須賀の歴史」

その前夜祭に海上自衛隊一等海佐の高橋さんも出席されました。高橋さんはこの年の夏、東善寺にお参りされたそうです。その折に村上住職が高橋さんに横廠見友会の人達が東善寺「小栗まつり」で昨年、今年と2度にわたり横須賀海軍工廠歌を歌っておる事をお話されたそうです。また、私たちが海上自衛隊音楽隊の演奏する工廠歌を望んでおる事もお伝えしたそうです。高橋さんは私たちが前夜祭に参加する事を知り、工廠歌の収録したCDをわざわざ持参してくださいました。

いただいたCDは海上自衛隊横須賀地方隊開隊50周年の記念行事として平成14年9月6日(金)に「よこすか芸術劇場」で行われたファミリーコンサート2002『音楽でつづる横須賀の歴史』のなかで海上自衛隊横須賀音楽隊が演奏したものを収録したものです。収録されている曲は旧アメリカ国歌「ヘイル・コロンビア」に始まり、5番目に工廠歌が収録されています。最後は海上自衛隊歌「海をゆく」で閉められています。

CDに収められている曲に『鎮魂「同期の桜」〜「巡検ラッパ」〜「海ゆかば」』があります。この曲を聞きますと、あの当時静かに出撃して行った艦艇が脳裏に映り、巡検ラッパが鳴り響くと池上の寝床におる自分の姿が瞼に浮かび、これが交互に現れ、横廠時代の頃の思い出が一気に、そして大量に吹き出てきます。しばらくすると鎮魂の思いになり、感無量となります。

また、『東京オリンピック・ファンファーレ〜オリンピック・マーチ』が収められています。この曲を聴きますと、それこそ「月月火水木金金」で家族の生活のためと戦後の復興のために全力を傾注した人生で一番張り切っておった頃の事が思い出されます。そして何となく体が若返ってきます。

いただいたCDは数が少ないので県支部単位で配布しました。支部大会、年次会などでぜひお聞きください。

一口メモ:
栞「音楽でつづる横須賀の歴史」の「横須賀と音楽のあゆみ」のなかに、昭和6年5月「横須賀海軍工廠の歌」(田中智学作詞、江口源吾作詞)発表 と書かれています。

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更新日:平成18年7月15日
横廠見友会千葉県支部 サイト運営 19年次 造機部 山本俊一